第21章 約束
「マリウス…。もう私、大丈夫なんだから。いつまでも気を遣ってくれなくていいのよ?」
「なんのことやら」
「……いつまでも優しくしてくれなくてもいい。本当に馬鹿なんだから…。調査兵団にまで入ったりして…」
「オレが好きでやってることなんだからいいだろ!」
そう叫んだマリウスの顔が赤い。
マヤには、そのときマリウスが怒った理由がわからなかった。
帰ろうと樫の木から離れ、しばらくして。
「何してるの?」
マリウスが来ていないことに気づいて振り返れば、木の幹に何か手を当てている。
「……刻んでる」
「刻む? 何を?」
確かに目を凝らせば、石で幹を削っている。
「……オレが、何よりも欲しいもの」
「………」
マリウスの家はクロルバ区で一番大きな商店であるディーン商会だ。マヤの父が営んでいる小さな紅茶屋など区内の商店を牛耳っている。
……マリウスなんか、なんでも望めば手に入るでしょうに…。一体、何が欲しいのかしら?
マヤが首を傾げていると、幹に刻み終えたらしいマリウスが叫んだ。
「マヤ!」
「ん?」
「今度の壁外調査が終わったら、またこの場所に一緒に来てくれないか?」
「……いいけど。……どうしたの?」
マリウスは駆け寄ってくる。
「聞いてほしいことがあるんだ」
顔が少し赤いのは、駆けたせいだとマヤは思った。
「え、何? 今… 聞くよ?」
「いや、壁外調査から帰ってこられたら、そのときにちゃんと話したい」
真剣でいて、どこかすがるような碧い目。マヤはうなずくしかなかった。
「……わかった」
「……約束… だぜ?」
「うん、約束」
マヤのそのひとことにマリウスは目に見えてほっとした様子で。
「帰ろうぜ!」
「うん」