第8章 紅茶屋の娘
その日の午後、マヤはミケ分隊長の執務室にいた。
……昨日は分隊長にスンスンされてどうしたらいいかわからなかったけれど、今日は大丈夫。
書類を整理しながら、頭の片隅ではそんなことを考えていた。
訓練後にミケ分隊長と一緒に執務室に来てからは、匂いを嗅がれることもなく静かに執務がおこなわれていた。
ミケは執務机、マヤはソファのテーブルの前に座り、それぞれ自分の前にある山積みの書類を黙々と処理している。
マヤは整理が一区切りついたところで、うーんと伸びをした。
何とはなしに分隊長の方に顔を向けると、彼も一息ついている。
壁の時計を見ると、執務を始めてから一時間以上経過していた。
ミケはその砂色の長い前髪をかき上げながら、ぼそっと言う。
「休憩しようか」
「はい」
マヤは遠慮がちに立ち上がった。
「あの… 分隊長。お茶を淹れましょうか?」
「あぁ 頼む」
その返事を聞き執務室を出て、マヤは給湯室に向かった。
給湯室にある食器棚には、各幹部のカップと客人用のカップがそれぞれ左右に仕切られて置かれていた。
……えっと ミケ分隊長のカップは… と。
ミケのカップは薄い水色の無地のマグカップだ。
マヤは幹部のカップが置かれている食器棚の左の棚を、上から順に見ていく。
一番上の棚にはエルヴィン団長の紺地に白色のラインが入ったマグカップ、二番目の棚にはリヴァイ兵長の白地につる草のレリーフが優雅なカップ&ソーサー、三番目の棚にはミケ分隊長のマグカップとハンジ分隊長やその他の幹部のカップが置いてあった。
マヤはミケのカップを取るときに、その上の棚に三種類もの紅茶の缶がきっちりと揃えて置いてあることに気づいた。
……あぁ… ペトラが兵長は無類の紅茶好きだって言ってたっけ…。
ふふ… 自身も大の紅茶好きのマヤは、思わず微笑んでしまう。
三つの缶のうち一つは、かなり珍しい貴重なものだった。
「へぇ… これ手に入れるの大変なのに…」
そうつぶやきながら、つい手に取る。
「おい」
不機嫌な声が降ってきた。
マヤの心臓は縮み上がる。
「何をしている」
恐る恐る振り向くと、リヴァイ兵長が腕を組んで立っていた。