第19章 復帰
コンコンとノックしたのち “失礼します” と扉をひらけば、執務机の向こうにはミケ分隊長がいつもどおりに座っていた。
「早かったな。病み上がりなんだから、もっとゆっくりして良かったのに」
「いえ、充分に休ませてもらいましたし、それにお風呂までいただいて申し訳ないです。今日は今からみっちり何でもやります! こき使ってください」
鼻息荒く力説するマヤからは、午前中に会ったときに感じられた、かぐわしい匂いが薄くなっている。その代わりに石けんと… そしてかすかに紅茶の香り。
……これは平素のマヤの匂いで、もちろんいい匂いなのだが…。
もし俺がマヤを自由にできるのならば、一週間でも二週間でも風呂に入れずに閉じこめて、その身体から発散される魅惑の香りを思う存分嗅ぎつづけてやるのに。
「……分隊長? 分隊長?」
ミケはあらぬ妄想にふけっていたが、ふとマヤの声が自身を呼んでいることに気がついた。
「すまん、なんだ?」
「まずは部屋を片づけますね。窓を開けてもいいですか?」
胸の内のよからぬ想いを見透かされたかと焦りながら、表面上は素知らぬ顔で。
「あぁ、よろしく頼む」
マヤは全くそんなことには気づかず、窓を開けながら軽く顔をしかめた。
「なんだか匂いがこもってる気がしますよ? 換気換気!」
てきぱきと部屋を片づけていくマヤを何も言わずにじっと見ながら、ミケはにやりと笑う。
「……そうやって熱心に掃除しているところなんか誰かをいやでも思い出すな」
執務机の片づけを終えて、ソファのテーブルの上に散乱している書類を整頓していたマヤは手を動かしながら返す。
「ん? 何か言いました?」
「……いや、別に」
「そちらの書類の分類はもう終わってるので、さぼってないで分隊長も働いてくださいね」
「……了解」
マヤにはかなわないなと思いながら、ミケは綺麗に片づけられた書類に目を落とした。