第17章 壁外調査
「このままもう巨人が出なければ、2時間ほどで帰れると思う」
「……もう?」
「君が寝ている間に一回遭遇しているんだ。戦わずに済んだらしいが」
荷馬車は長距離索敵陣形のもっとも深いところに位置しているので、言葉尻も伝聞になる。ユージーンたち第四班は緑の信煙弾を見て進路方向を変更しただけなのだ。
「そうですか…。犠牲者が出てないなら良かった…」
「それが一番だもんな」
「ですね…」
微笑んだマヤの顔色がごくわずかであるが、悪い。
すぐにそれに気づいたユージーンは、命じた。
「マヤ、寝た方がいい」
「はい」
軽く目眩がするような、そこはかとない気分の悪さを感じ始めていたマヤは素直に従った。
「おやすみ」「おやすみなさい」
まぶたをゆっくりと閉じていけば、空の青の領域がどんどんと狭くなり、やがてなくなった。
そして訪れたのは暗闇ではなく、明るい闇ともいうべき不思議な色。
きっと閉じたまぶたを通じて空から降りそそぐ光を感じているから。
赤っぽいような闇の中にちらちらと光の粒が明滅している。
……不思議…。まるで宇宙だわ。
夜空には月が浮かび、そのまわりには無数の星たちがまたたいているけれど。
こうやって目を閉じれば昼間なのに私の中に無限に広がる。宇宙が煌めく。
……綺麗ね…。
自身の脳内に映し出された夢幻の空間に心を奪われながら、いつしかマヤは深い眠りについた。
「……眠ったか」
強い鎮痛剤の影響もあるだろうが、やはり疲れているんだな…。こんなに揺れる荷馬車で眠れるなんて。
脳しんとうの影響も気になるし、肋骨の状態も心配だ。
……アウグスト先生に診せなければ…!
そう思いユージーンは、一刻も早い帰還を願いながら荷馬車を駆った。
その後調査兵団は、幸いなことに巨人に遭遇することなく帰還した。