第1章 夕陽の丘
「……マリウス…」
調査兵団のジャケットの女に、リヴァイは見覚えがあった。
……あの女は…、確かペトラといつも一緒にいるミケのところの班員だったな。
名前は… マヤ…。
女の正体が判ると、つぶやいた言葉の意味も自ずと知れた。
ミケから上がってきた壁外調査後の死亡者名簿に、その名… マリウスはあった。
マリウスはミケの執務の補佐をしていた金髪碧眼の男で、半月前の壁外調査で巨人に食われて命を落とした。
まだマヤは泣いている。
肩が震え木の幹に依然置かれた手は、木の一部になったみたいに動かない。
どれくらいの時間が経っただろうか。
すでに夕陽は壁の向こうに落ち、残照もどんどん闇にその姿を変えていこうとしていた矢先に衣擦れの音がして、リヴァイは再び枝の下をうかがった。
マヤが、木の幹に向かって敬礼している。
もう泣いておらず、凜とした美しい敬礼だった。
そして彼女は丘を下りていった。
リヴァイは去っていく背を目で追う。その姿が見えなくなってからも、しばらく動けずにいた。
……マリウスは 恋人だったのだろうか…。
リヴァイは枝から飛び下りると、マヤがふれていた幹を見る。
そこには、マヤの名前が刻まれていた。
……なんだ これは?
無意識のうちにリヴァイの手は、その刻まれた名に惹き寄せられる。白く骨ばった長い指がマヤと刻まれた幹の傷にふれた瞬間、マリウスの声が聞こえた気がした。
……マヤ ……マヤ ……マヤ…。
こだまするマリウスの声を頭から振り払うと、リヴァイは樫の木に背を向け丘を下りた。