第1章 夕陽の丘
真っ赤に燃える夕陽が、壁に落ちようとしていた。
壁に囲まれたこの地では、地平線に落ちる夕陽を見ることは叶わない。
リヴァイは兵舎の最寄りの街を見下ろす小高い丘にある、大きな樫の木の高い枝に身を預けていた。
街に出かけた帰りに時折ここに寄り、ただ夕陽を眺める。
……地平線に落ちる夕陽を初めて見たのは、いつだったか…。
俺は初めての壁外調査で、馬上にいた。
シャーディス団長の号令が響き渡る。
「開門始め! 全員前進!!!」
アーチ形の門の下を抜けると、そこは…。
どこまでも広がる青い空に白い雲、自由に飛ぶ鳥たち。
……悪くねぇ…。
俺は馬を駆りながら、思いきり息を吸いこんだ。
地下街にいたころのドブみたいな空気とは違う “何か” を感じた。
ここは巨人がうろつく地獄のような世界だが、壁の中には無い自由があった。
俺は思い知らされた。自分が何も知らないことを。
……あの鳥たちが舞う空の彼方には、何が待ち受けているのだろうか…。
巨人を首尾良く倒し、夜を明かす古城跡に向かっているときだった。
古城跡のそびえ立つ丘の麓に燃えるような陽が落ちてきて、今にも地平線にのみこまれそうになっていた。
その夕陽は昼間青空に浮かんでいたものとは別次元の大きさで空、雲、大地を赤く染め抜きながら、みるみる真円から半円に… その姿を変えた。
初めて目にしたその光景に、深く胸を打たれた。
自由の翼を持つ鳥が二羽、落ちようとしている夕陽に向かって一直線に飛んでゆく。
……悪くねぇ…。
俺はその日二度も、魂が清められるような感覚におちいった。
夜が明け迎えた次の日は、打って変わって悪天候に見舞われた。
一寸先も見えない視界を抜けたときに目の前に現れた悪夢。
瀕死の仲間に群がる巨人ども。
……クッ…。
久しぶりによみがえった堪えがたい記憶に、胸の奥が疼く。
そのとき、女の忍び泣く声が聞こえてきた。
「……マリウス…」
下を覗くと枝や葉に邪魔されはっきりとは見えないが、濃い茶色の髪の女が木の幹に手を当て泣いている。
彼女が着ているジャケットは、自由の翼をはためかせる調査兵団のものだった。