第16章 前夜は月夜の図書室で
……一刻も早く、ここから出してやるべきだったか。
同期の男に夜の人けのない場所に呼び出され、密着されそうになったんだ。
元凶の男がいなくなっても、その場所に居続けることはストレスだったに違いない。
わずかでも明日を迎える勇気の一部になりたくて、俺は決して死なずに守ってやるからと伝えたくて。
部下だから? それとも他に、何か理由があるからなのか?
もう、その伝えたかった気持ちがこうも強く湧き上がる真の理由なんて知らなくてもいい。
今は気分が優れない様子で目の前にいるマヤを、ここから解放しなければ。
本当はきっと放したくない。
さっき再び絡んだ視線は、確かに目に見えない糸のように惹かれ合ったはずなのに。
……捕らえた、気がした。
だが次の瞬間にはするりと逃げられ、ちくりと痛んだ胸に切ない風が吹きすさぶ。
「……もう帰れ。送っていくから」
まだしばらく一緒にいたい気持ちと、ここから逃がしてやりたい気持ちの心中でのせめぎ合いに決着をつけた。
「……はい」
うつむいたまま、うなずいたマヤ。
先に彼女を行かせ去り際に窓から夜空を見上げると、青白く浮かんでいる月の光が静かに揺らいでいた。
図書室をあとにして廊下を進み階段を下りる。一般兵士の女子の居室棟に入り一階の一番奥にあるマヤの部屋まで歩く。
途中で誰にも出会わなかった。二人とも終始無言だった。
扉の前まで来て、くるりとマヤは振り向いた。
「ありがとうございました」
心配させないようにとかすかに笑った顔がぎこちなくて、リヴァイは泣いてるのか笑ってるのかわからねぇなと思った。
大丈夫だ、何も心配は要らねぇ、俺が守ってやる。
何度でも伝えたい言葉をすべてのみこんで。
「……ゆっくり休め」
「おやすみなさい」
マヤは深々と頭を下げると、部屋へ消えた。
消えた華奢な背中と揺れる長い髪の残像を追うように、しばらく目の前で音もなく閉まった扉を見つづけていたリヴァイだったが、ぐっと眉間に皺を寄せるとその場を去った。
────明日は、壁外調査────