第31章 身は限りあり、恋は尽きせず
「つきあいがあるもないも、イヴァンカはわしのかみさんじゃ」
「……あ?」
若かりしころシムズが恋心を抱いた女をピクシスが酔った勢いでかっさらって、さぞかし痛恨の極みで今だに傷心をひきずっているからこそ、初対面の自分にぐだぐだと愚痴を言っている。そう思ったからこそ、ほぼ何も言わずにシムズに寄り添ったつもりのリヴァイは “なんだ、それは” と思わずにはいられない。
「一体どういうことだ…」
「なぁに」
シムズはやけに得意そうな声を出す。
「ピクシスとねんごろになったイヴァンカだったが、やつがトロストに配属になって関係は自然消滅。調整日のたびにイヴァンカのいる店にユトピアから通ったわしの熱意を受け入れてくれたという訳じゃ。結婚してからはユトピアで自分の店を持つようになって、毎日幸せそうじゃ」
「そうか」
「わしに会いにかイヴァンカに会いにか、はたまたユトピアの他の美女目当てかわからぬが、ちょくちょく遊びに来ておったがの、やはり偉くなると時間が取れんのかのぅ…。めっきり顔を見せる回数が減ってしもうてのぅ…」
半分以上こぼれてしまったグラスの酒を見つめるシムズは、可哀想になるくらいにしょんぼりと肩を落としている。
「……淋しいんだな、ピクシスの爺さんに会えなくて」
「違う! わしじゃなくてイヴァンカが…」
慌てふためくシムズを前にして、リヴァイは内心ほほえましく思う。
……結局ピクシスの爺さんのこと、好きなんじゃねぇかよ。
声には出さなかったが、口の端を少し上げる。
それを目ざとく見つけたシムズはグラスをテーブルに置くと、万歳してみせた。
「あぁそうじゃよ、降参じゃ! わしが淋しいんじゃ。あのつるっぱげが偉くなるにつれてユトピアに顔を出さなくなってのぅ。多忙な身なのはわかっておるが、たまには昔みたいにふらっと現れてはイヴァンカの自慢の料理に舌鼓を打ってほしい。壁の上からユトピアの豊かな自然を酒を飲みながら眺めては、これはまた絶景じゃと褒めてほしいんじゃ」
リヴァイにはシムズの言うピクシスの様子が、手に取るようにまぶたの裏に浮かんだ。
ユトピアの壁の上に立つピクシスの兵服が、北風を受けて揺れている。スキットルを片手にイカホのある山を遠くに眺めては、ちびちびと酒を喉に流しこみ “これはまた絶景じゃの” と悦に入る姿が。
