第31章 身は限りあり、恋は尽きせず
そう言いながら老人は、オリオンに向かって片目をつぶって近づいた。
ヒン! ブルブルブルルル!
オリオンの強いいななきに、おののく。
「ひぃっ! これはまた強そうな馬ですなぁ」
恐れながらも大切な客の馬とあっては手綱を取って馬屋に案内せねばならない。
その使命感から果敢にもオリオンに寄ろうと試みるものの…。
キュイィィィン!!!
激しく警戒されてしまった。
「俺が連れていく」
リヴァイが近づいた途端に柔和な目をして首を垂れたオリオンを見て、老人は心底感服した。
「さすがリヴァイ兵士長には従順ですなぁ」
しゅんと肩を落としているので、マヤは慰める。
「オリオンは兵長と、ヘングストさんといって調査兵団専属のベテラン馬丁さんにしか扱えないんですよ」
「そうですか」
ほっと胸をなでおろす老人なのにリヴァイは。
「マヤもだろうが」
「私はちょっと心を通わせているだけですから…」
謙遜しているマヤに、老人はしみじみと語りかけた。
「お嬢さん、それが一番難しくて、一番大切なことですなぁ。馬と心を通じずに調教する輩もいくらでもおります」
リヴァイも優しい目をして言い添えた。
「マヤはオリオンといいアルテミスといい、馬たちが完全に心を許しているからな。いや…、馬だけじゃねぇな」
意味ありげなリヴァイの言葉に、老人は食いついた。
「……馬だけではない? どういうことで…?」
「マヤは他の動物とも仲が良くてな。さっきも出くわした狼の怪我を手当てしてやっていた」
「へ? 狼って山の狼で?」
「あぁ」
リヴァイが肯定しているというのに、あまりのことに老人は信じずマヤの方を振り向く。
「お嬢さん、本当ですか?」
「ええ、まぁ…。脚を怪我していたので」
「狼が人の手当てを受けるなんぞ聞いたことがありませんなぁ! 大したこった!」
老人は目をまん丸にしながら感嘆して、リヴァイたちを馬屋に案内した。
「こちらになります」
そこは宿の母屋同様小ぢんまりとした決して華美ではない造りではあるが、馬にとって快適なたたずまいになっていた。
十分な広さの馬房には清潔な藁を敷き詰めてある。桶に用意してある飲み水は、新鮮な湧き水を汲んだものだ。