第31章 身は限りあり、恋は尽きせず
「地下街に俺の帰る家はねぇ」
静かに話し始めたリヴァイ。
“家がない” などという言葉を聞くとは思いもしなかったマヤは、息を止めて聞き入った。
「調査兵団に入る直前までいた部屋は…、仲間と暮らしていたアジトだが…」
突如ファーランとイザベルと三人で暮らした束の間のひとときが、鮮明に脳裏によみがえってくる。
迷いこんだ小鳥を可愛がっていたイザベル。いつも調子に乗っていた陽気なファーラン。
そんな二人が楽しそうにしているのを、紅茶を飲みながら眺めているのが好きだった。
……クッ…。
なんとも筆舌に尽くしがたい、強く苦い黒い感情が胸を覆って、リヴァイはくちびるを噛む。
「……兵長? 大丈夫ですか…?」
「あぁ、すまねぇ…」
心配そうに顔を見上げてくるマヤと視線がからめば、過去よりも今を生きなければと思い知る。
「アジトは恐らくもうねぇだろうな。だからここに来てから帰省したことはない」
「……そうだったんですか…」
マヤは調査兵二年目。まだ冬期特別休暇を一度しか経験しておらず、当然リヴァイが毎年兵舎に残っていることを知らずにいた。
「じゃあクロルバに一緒に帰りましょう!」
努めて明るくマヤは笑った。
「あぁ、そうだな」
「でも…」
マヤは少し躊躇した。先ほどのリヴァイの表情を見たあとで口にしてもいいのかと。
「地下街にも一緒に行きます、いつか絶対。だって帰る家はないかもしれないけれど、兵長の生まれ育った場所だから」
“いいでしょう?” と言いたげにマヤの瞳が揺れている。
リヴァイの答えはもちろんイエスだ。
「わかった、そのうちにな…」
「さぁ、今はこれを片づけなくっちゃ!」
すっかり主導権を握ったマヤは、目の前の書類の山に向かって腕まくりをしている。
「すまねぇな…」
「いいえ。これらを全部やっつけたら温泉宿が待っていると思うと楽しいくらいです!」
「ハッ、それは頼もしいな」
二人は微笑み合うと、12月24日から出かける一泊二日の休暇のために今目の前に山積みになっている書類を片づけるべく、万年筆を握りしめた。