第30章 映る
“お前が欲しい”
そんなストレートな情欲をぶつけられて平気でいられるほど、マヤは慣れていない。
トクントクンと胸の跳ねる音が今まで聞いたことのないくらいに大きくて、速くて、頭のてっぺんからつま先まで揺らすほどに感じられて。
今にも卒倒しそうな状況で、かろうじて倒れないように正気を保ってマヤはリヴァイに何か言おうとした。
「あ…、へ… 兵長…、それは…」
“それは一体どういうつもりなの…?”
そんなことは訊かなくても、マヤだってわかっている。なんの経験もなくても、つきあっている男女がキスをしたらその先があることを。
経験談なるものも、聞いたことがある。
それは訓練兵二年目のときに同期から聞かされた。
厳しい訓練に疲れた夜の楽しみは、兵舎でのおしゃべり。誰かの部屋に気の合う者が集まってベッドの上で押し合いへし合い。噂話だったり自慢話だったり、故郷や家族やスイーツやファッションの話だったり。一番盛り上がるのが、いわゆる恋バナ。早熟な同期が迎えた初体験の話に、集まった皆が目を輝かせて、胸をときめかせて、顔を赤らめて質問攻めの大騒ぎ。まだ好きな人もいなかったマヤといえば、他の子のように質問をしようにも何を訊けばいいかもわからず、ただただ未知の世界の話に耳を澄ましていただけだった。
……とうとう私も…?
そう思うだけで、すでにMAX状態の鼓動は跳ね上がって苦しいくらいだし、何をどう言ってどう反応して…、本当にどうすればいいかわからない。
顔を真っ赤にして、自身の腕の中で震えながら何かを言おうと口をぱくぱくしているマヤがリヴァイは愛おしくてたまらない。たかぶる熱情のままに思わず口にしてしまった本音が、マヤに “二人がいずれ迎えること” を意識させた。
なんの経験もない、まっさらな白いキャンバスのようなマヤに決して無理強いはしたくない。そう真剣に思う反面、一刻も早く白いキャンバスに二人だけの光景を描きたい。
……いや、そんな生易しいもんじゃねぇ。俺色の絵の具をぶちまけて赤く染めてめちゃくちゃにしてやりてぇ。