第30章 映る
「兵長…?」
急なことで驚いてしまう。とりあえずは逃げ出してしまおうと、もぞもぞと動いてはみるが力強く抱きしめられていて身動きできない。
「……どうしちゃったんですか?」
リヴァイからの返事はなく、急に左の首すじに重みを感じた。
「あっ…」
昼間は長く豊かな髪を後ろで一つに結わえているマヤだが、今は風呂も入ったあとで少しまだ湿り気の残った髪をおろしている。
その髪にリヴァイが顔をうずめている。
……スンスン…。
そして遠慮がちに静かに、確かに匂いを嗅いでいる。
「やっ、兵長…! 何してるんですか…!」
「嗅げって言うから嗅いでる」
「それはアルテミスの…」
反論しかけたマヤが言葉のつづきを言えなくなってしまうほどに、リヴァイの吸引は激しくなった。
……スンスンスンスン…。
「いい匂いだ…」
「兵長…」
「たまらねぇ」
背後から抱きすくめられているマヤの身体は、しびれてきている。髪に完全にリヴァイは顔をうずめて何か話すたびに、左後ろの首すじには密着している薄いくちびるからの熱い息がかかる。
その体勢と敏感なうなじのそばにかかるリヴァイの熱い息、すぐ耳元で聞こえてくる低い声。
じんじんと感じて、身体は溶けそうに熱くなってくるし、もう立っていられない。
……とにかく、逃げなくちゃ…。
このまま熱に溶かされて、足の先までしびれたまま気を失いたくはない。
「兵長、やめて…」
「なぜ」
髪に顔をうずめたまま、少し不機嫌なリヴァイの声が鼓膜に届いて、それだけで胸を射抜かれたような衝撃が走る。
「だって、分隊長みたいですよ…? こんな風に匂うなんて…」
「……あ?」
ぴくりとリヴァイのこめかみが動く。
今この密着した状況で…、マヤの匂いを存分に鼻こうの奥の奥まで吸いこんで、体内に取りこんで、一つになろうとしているこの状況で、あろうことかマヤの口からミケの名前が出るなんて。
「おい、ミケのことは言うな…。いや、あいつだけじゃねぇ…、他の誰も今は考えるんじゃねぇ」
リヴァイはマヤを自分だけのものだと確認するかのように、一層強く抱きしめた。