第30章 映る
「ミケが言うには…」
リヴァイはこの丸太小屋に到着してすぐに二階に追いやられ、掃除させられたときの状況を思い出した。
謎の老婆がミケの祖母であること。凄腕の “嗅ぎ師” だということ。ミケが調査兵団に入団するまでは王都に近い村で一緒に暮らしていたが、一人暮らしになってからこの森に越したこと。村にいるときにも鶏は飼ってはいたが、この森に越してから鶏の数がミケが帰省するたびに増えていったこと。
ミケの口から語られるサビの真実が増えていくにつれて、二階はリヴァイの手腕によりピカピカに磨き上げられていった。
「あれくらいの数の鶏がいた方が、この世に充満しているさまざまな匂いに悩まされずに済むらしい」
「……よくわからないのですが…」
「そうだな、俺もわからねぇ。鶏の匂いは強烈だから、そっちに気を取られるって意味なんだろう。いやでも…」
リヴァイは先ほど嫌というほど知らされたサビの嗅覚能力を考えてみる。
……あの力があるならば、いくら鶏の匂いが強烈でも他のどんな匂いも嗅ぎ分けられるに違いねぇ。
「もしかしたら淋しかったのかもな…」
「そうですね! コッコッコってにぎやかでしたもの、暗くなるまでずっと。この森はあまりにも奥深くて静かだから、きっとサビさんは家族が多ければ多いほど淋しくないんだと思います」
「……だな」
「それに鶏も馬も、犬も猫も…。ううん、私たちだってみんな匂いはあるから。大切な家族だから匂いは気にならないんじゃないかな。私もアルテミスの匂い、大好きですもの」
マヤはアルテミスに近づくと首すじに抱きついた。
「お日様と青草の匂い…」
頬ずりをしながら、うっとりとした声を漏らす。
ブブブブと鼻を鳴らして、アルテミスも嬉しそうだ。頭を垂れてマヤにされるがままになっている。
「ねぇ、兵長も…」
マヤはリヴァイにもアルテミスの可愛らしい体臭を匂ってもらおうと、振り向くと。
「………!」
すぐ真後ろにリヴァイが音もなく近づいてきていて驚いた。
「びっくりした…。ほら兵長もアルテミスのいい匂い、嗅いでみてくだ…」
……え?
マヤは二度びっくりする。
……これは一体どういう状況なの…?
すっぽりと背後からリヴァイに抱きしめられていた。