第30章 映る
「地下街には病院はないの…?」
ふと疑問に思った。日光不足で足を悪くして動けなくなった人が、そこらじゅうに転がっているという。医者はいないのだろうか、と。
「病院なんぞ立派なものはねぇよ。地上では胸張って働けねぇようなもぐりの医者ならいるけどな…」
「そうなんですか…」
「それから医者とはいえないような、まじないで治す怪しい祈祷師もいる」
「サビさんもお医者様じゃないけど、ジョニーとダニエルを治してくれましたね」
「あれは見事だったな…。ミケによると “嗅ぎ師” と呼ばれているらしい。人の匂いでなんでもわかるから医者も予言もやるそうだ」
「そういえばさっきサビさんがみんなの前で、兵長と私がつきあっていることを当てたんです…。ひと嗅ぎすればわかるって。つきあってることはみんなはもう知ってるし恥ずかしがることはないんだけど…」
マヤは頬を赤らめた。
「……なんだか丸裸にされてるみたいで、すごく恥ずかしかったです…」
「俺もさっきまでここにいたサビに、何も口に出さなくても全部言い当てられた。あそこまでぴたりと当たると気持ち悪ぃな」
「あの…、今思ったんですけど…」
マヤの顔色が少し悪い。
「分隊長も実は何もかも匂いでわかってるけど黙ってるなんてこと…、ないですよね…?」
「それは俺も思った。だがサビによると “ミケは鼻が利かないから” 大丈夫らしい」
リヴァイは “不器用な恋” のくだりは、あえてふれなかった。
「そうですか…。じゃあサビさんの言うことを信じます。そうじゃないと分隊長のそばにいられません。なんでもばれちゃうなんて」
「そうだな」
「分隊長の鼻が利かないだなんて、サビさん以外は絶対言わないセリフですよね」
「俺たちの認識ではあいつは誰よりも、犬よりも鼻が利く変人だからな」
「あっ…!」
マヤはあることに気づいた。
「サビさん、すごく鼻がいいのに、こんなに鶏をいっぱい飼っていて平気なのかしら?」
もうある程度慣れたとはいえ、この場所に到着してからずっと周囲を支配している鶏の独特の羽毛臭と糞臭。鶏の数が多いので、ごく普通の嗅覚の持ち主のマヤも、潔癖症のリヴァイも、かなり臭いと思う状況だ。
人一倍、いや百倍千倍万倍鼻が利くサビならば、相当臭いはずなのだが…?