第30章 映る
馬が理由で呼んだことになってもいい。だが、気持ちの良い夜に他のやつらがいないところでただ単にマヤと二人きりになりたかっただけのリヴァイは、複雑な心境だ。
そんなリヴァイの気持ちを無自覚に救うのは、いつもマヤ。
「それに見てください、あの月」
涼しい秋風に飛ばされた雲ははぐれて、今は夜空にひとり白く浮かぶ大きな丸い月。
「とても綺麗だわ…」
そう微笑んでリヴァイを見上げたマヤの瞳には、白い月が美しく映っていた。
夜空の月よりも、マヤの瞳の中で輝く月に吸いこまれそうになる。
「……そうだな…。月が綺麗だな…」
リヴァイとマヤは馬たちをつないでいる木の柵に体を預けて、しばし月を見上げた。
「私…、この月を一緒に眺められたから、ここに来て良かったです」
「そうか」
「はい。それに兵長ともお話したかったし」
そう言うと、マヤは無邪気な笑顔をリヴァイに向けてあれやこれやと話し始めた。
まずはジョニーとダニエルが刺された毒ぶゆのこと。
「分隊長がやたら詳しくて驚いたけど、このあたり特有の虫だったんですね。クロルバの近くの森でも似たようなのがいるけど、刺されてもあんなにひどく腫れたり倒れたりしないし、それに大体名前が違うわ。“ぶゆ” じゃなくて “ぶよ” って言います。兵長は…?」
「さぁな…、ハエは知っているが。そもそも地下街にはブユは飛んでねぇ」
「そうですか…」
「あぁ、ほとんどの場所は太陽光が届かねぇからな。ハエとウジ虫だらけだ」
「え…」
「地下街の人間は日光が足りねぇから足が悪いやつが多い。そこらじゅうに歩けなくなった病人や、そのまま朽ちた死人が転がっていてハエがたかり、傷口にはウジ虫がわいてやがる」
リヴァイの語る地下街の惨状を想像すると、背すじに冷たいものが走る。
「なんだかすごそうですね…、地下街って…」
ついさっきまで赤かったマヤの頬が青ざめているのを見て、リヴァイは優しく訊いた。
「行きたくなくなったか?」
「それとこれとは別です! 兵長の故郷ですもの、行ってみたい気持ちは変わらないわ。死人が転がってるのはちょっと怖いけど…。病人や怪我人は看病してまわります!」
ぐっと両手でこぶしを作って、マヤは力強く言いきった。