第30章 映る
「知ってるかい? 人の心は移ろいゆくもの。次に会ったときには匂いが変わってることなんて、ざらにある。むしろそういう匂いをまとっている輩ばかりさ。だが極まれに、いつ嗅いでも同じ匂いの人がいる。揺るぎない信念を秘めている強い心の持ち主…」
サビは盲いた目をリヴァイに据えて、鼻を斜め45度に上げて嗅ぎ始めた。
……スンスンスンスン…。
ミケで見慣れているとはいえ、あらためて目の前でじっくりと嗅がれると落ち着かない。
「なかなかない匂いだ…。あぁ、気分がいい…」
嗅ぎ終わるかと思いきやサビは恍惚として、さらに深く嗅いでいる。
スンスンと終わりなき羞恥の地獄に辟易として、リヴァイは吐き捨てる。
「……いい加減にしろ」
……このクソババァめ。
「すまない、滅多にない匂いだからずっと嗅いでいたくてね。心ゆくまで嗅がせてくれたから、クソ婆と思ったことは不問に付そうじゃないか」
「………」
「不気味に思うのも無理はないね。だが安心していい。ミケはあたしほど鼻が利かないから、匂いで心のすべてを読むことはない」
「そうか」
リヴァイは少なからず安堵したが。
……ミケもサビのように何もかも読み取れるのならば、ミケのそばにはいられねぇ。マヤもミケのそばには置いておけねぇ。だが鼻が利かないというのならば…、いや本当か? ミケにも全部だだ漏れってことはねぇだろうな…。
すぐに懐疑心が首をもたげる。
「本当だよ。もしあの子が何もかも読めるなら、不器用な恋なんかしてないさ」
「……不器用な恋…」
リヴァイの眉間に皺が寄る。
……いつか、そう遠くない昔…、ミケが漏らした言葉…。
なんだった? あいつはあのときなんて言った?
苦しそうな声、砂色の長い前髪で目が見れない。
“恋をしたことがあるか”
そうだ、あのときミケはそう言った。
なぜ俺に訊く? なぜマヤをそばに置く?
無意識で感じていたミケの本当の心。
チッ、なんなんだ。もやもやするこの胸の奥の嫌な感じは…。
「心が揺れても匂いは変わらない、極上だねリヴァイ兵長」
サビはまた鼻を上に向けて、リヴァイの匂いを吸いこんでいる。
そして、
「何も心配することはない。あんたとあの子の匂いは誰も分解できないほどまじりあっているよ」
と、茶目っ気たっぷりの表情で笑った。