第30章 映る
そのころ明るい月夜の下でリヴァイは、
「……遅ぇな…」
オリオンのかたわらに立ってオリオンともども濃い影を作りながら、不機嫌そうにつぶやいた。
ブルブルブル。
主の心を感知したのかオリオンの声も少々不安げだ。
そして夜風が吹けば月に雲がかかって、あたりは暗くなった。
リヴァイは今ここでマヤを待つことになったいきさつを思い出していた。
寝る前に馬たちの様子を見にきた。どの馬も元気そうだ。
リヴァイにとって初めての全周遠征訓練。自身や部下たちは多少の無茶をしたところでなんの問題もないが、気がかりなのは馬たちのコンディションだ。
だから兵舎を出たときと変わらず強健そうな馬たちを見て、心から安堵した。
その想いを伝えるように愛馬オリオンの首すじに手を当てていると、背後からしゃがれた声がする。
「馬といると匂いが際立つね」
「……あ?」
振り向けば、サビがすんすんと鼻をひくつかせている。
「あんた、顔は怖いが優しいところがあるじゃないか」
「見えねぇんだろ」
「あぁそうさ、目では何も見えないよ。でもあたしにはこれがある」
サビはつんと尖った形の良い鼻を指さした。
「嗅げばどんな顔をしていて、今どんな気持ちでどんな表情をしているか…。すべて手に取るようにわかるのさ。リヴァイ兵長、あんたの噂は聞いていた。人類最強の元ゴロツキなんて一体どんな顔かとずっと気になっていたよ。思ったよりもすべすべしていて目つきが悪いが、仲間を想う心がある。どういったいきさつでゴロツキが兵団の要職におさまってるのか知らないが、あんたをその役職にした人の顔も興味があるね。きっと食えない顔をしているに違いないから」
「べらべらとよくしゃべる婆さんだな」
……ミケと正反対じゃねぇか。
「リヴァイ兵長、思ったことは全部言った方がいいね」
「は…?」
「今、ミケとは大違いだと思っただろう?」
「………」
「確かにあの子はあたしとは違う。あんなに大きくなって…。きっと大きくなるのにエネルギーが奪われて、それで嗅覚の方がおろそかになったんだろうね。嘆かわしい」
「……ミケは充分に鼻が利くが」
「あたしから見たら全然だね。まぁでも多少でも調査兵団の役に立っているなら嬉しいよ」
そう言ってリヴァイを見上げたサビは、孫を想う祖母の優しい顔をしていた。