第30章 映る
「おい」
不機嫌そうなリヴァイの低い声が背中から飛んできて、ミケはやれやれと渋々振り返った。
「そろそろ話せ。あの婆さんは一体何者なんだ」
「はは」
「……何を笑ってやがる」
質問に答えないうえに、見下ろしてきては何がなんだか知らないが笑っているミケに腹が立つ。
「いや…、別に」
ミケはミケで、目の前の小さな男が可愛らしくて仕方がない。
なぜなら二階に上って埃だらけ蜘蛛の巣だらけの部屋を目にした途端に謎のスイッチが入ったらしいリヴァイは、ミケに “清潔な白い布を二枚” 持ってこいと命じた。そしてミケが用意した布を対角線で三角に折って三角巾に仕上げるとキュッと頭に巻いた。そしてもう一枚は口元を覆うマスク代わりにして完全防備だ。
だからつい “可愛らしくて” 笑ってしまったが、それが気に食わなかったらしい。リヴァイの眉間の皺がいつもより深く刻まれている。
……これは早く答えないと面倒なことになるな。
ミケはそう判断して、目の前の “お掃除スタイル” をもっと愛でたかったが、早々に返答することに決めた。
「俺の祖母のサビだ」
「そうか。まぁそんなことだろうとは思ったが。オルオの血の匂いを嗅ぎわけていたしな…」
リヴァイは鼻を鳴らして登場したサビの様子を思い浮かべた。
「それにあのこぶしの中身を当てろっていうのはなんなんだ」
「あれはザカリアス家の習わしみたいなもんでな。右手か左手か、そして粒の数まで当てるのはなかなか難しい」
「そうかよ…」
「祖母は目がほとんど見えない、かろうじて光を感じる程度だ」
「……は?」
リヴァイは思わず疑念の声が漏れた。今さっき目にしたサビはなんの不自由もなく皆を見渡し、血の匂いがしたらしいオルオの位置を正確に指さし、女がマヤとペトラの二人だと断言して指示を出していた。
「そんな風には見えねぇが」
「鼻が利くからな。ザカリアス家は代々嗅覚の優れた者が生まれてきたが、そのなかでも祖母の実力は飛び抜けているんだ。その能力で嗅ぎ師として他の追随を許さない第一人者だ」
「嗅ぎ師…?」
「その嗅覚で医者でもあり占い師や予言者…、人生相談なんでもありの何でも屋さ。昔から嗅ぎ師と呼ばれている」
「そうかよ…」
初めて聞くようなことばかりで、リヴァイは今日二回目の “そうかよ” を吐き出した。
