第30章 映る
ミケが丸太小屋の戸口につづく三段の木の階段を上りかけようとしたそのとき、出し抜けに扉がひらいて白髪の老婆が出てきた。
「フン!」
大きく鼻を鳴らし、少し高いところから調査兵団の皆を見下ろしている。
どちらかといえば小柄の老婆であるのに、その様子はある種威厳に満ちていて迫力があった。
「めずらしく帰ってきたかと思えばなんだい、ぞろぞろ大勢引き連れて」
「急ぎで診てもらいたい患者が…」
ミケの言葉を最後まで聞かずに老婆はまた、フンと鼻を鳴らした。
「あぁあぁ、わかってるさ。毒ぶゆにやられたのが二人と怪我人一人だね」
その言葉にミケが怪訝そうに片眉を上げた。
「……怪我人?」
「あぁ、あそこの坊主から血の匂いがする」
老婆がびしっと指さしたのは大勢の鶏に囲まれて棒立ちになっていたオルオ。
「オルオ、怪我をしているのか?」
「へ? いや、してないっすけど…」
戸惑うオルオだったが、隣に立つペトラはすぐにピンと来て進言した。
「分隊長! さっき舌を噛んでたから、きっとそれです」
「そうか…」
微妙な顔をしてからミケは、老婆の方を向き直った。
「毒ぶゆの二人を頼む」
「ハッ! ろくにただいまも言わずにえらそうなこったね、ミケや。あたしに頼み事をするなら、当ててからにしな!」
老婆はそう叫ぶと、皺だらけの両手をぐっと前に突き出した。その手はグーの形にしっかりと握られている。
「……わかった」
ミケが老婆に近づくために三段ある木の階段を上ろうとしたとたんに、また怒号が飛ぶ。
「一歩も動くな! そこから当てるんだよ」
「………」
ミケは黙って目を閉じて、何やら集中している。
その様子を後ろから見ていたペトラがマヤにささやいた。
「ねぇ、あれ誰?」
「さぁ…。分隊長のお知り合いみたいだよね。名前も知ってたし…」
オルオがささやきに加わった。
「さっき “ただいまも言わずに” って言ってたから家族じゃねぇの?」
「え~、全然似てないじゃん」
ペトラは異を唱えたが、マヤは違った。
「確かに顔や背たけは似てないけど、なんか似てる感じがするわ…」
「え? どこがよ」
「う~ん…、鼻を鳴らすところ… とか?」