第30章 映る
早朝には草に白露がおり、夜長の空には白銀の月が美しく輝く清秋のころ。
ミケの執務室では夕方が近づけば、吹きこむ風もひやりと涼しく早々に窓を閉めることも多くなった。
執務の補佐の時間の休憩の折に手際よく紅茶を淹れたマヤが背後で窓を閉めると、最後に飛びこんできた秋風がミケの鼻こうに最愛の匂いを届けた。
……スンスンスンスン…。
マヤが背を向けているのをこれ幸いにと、遠慮することなく思う存分盛大に嗅いでいると。
「何かいい匂いでもしましたか?」
耳元でマヤの声が聞こえてきて、ミケは閉じていた目をひらいた。
すぐそこに淡いマヤの微笑みが浮かんでいて、まるで白昼夢でも見ているのかと錯覚する。
ぼんやりしているミケの様子を少し不思議に思いつつ、マヤの微笑みはさらに優しく輝いた。
「分隊長は鼻が利くから夕食のメニューも早く知れていいですね。ちなみに今日は何?」
「………」
本当は秋風が運んだマヤの甘い香りを堪能していたのだが、今さらそんなことは言えない。
仕方なくミケは最大限に集中する。執務室にかすかに入りこんだ、遠い一般棟にある食堂の厨房で仕込まれているスープの香りを見つけるために。
……スンスンスンスン…。
「かぼちゃのスープ」
「やったぁ! 好きなんですよね、かぼちゃのスープ」
大喜びで跳ねるようにソファに行き、腰を下ろして “いただきます” と手を合わせて紅茶を飲んでいるマヤが、ミケには相変わらずまぶしい。
……今日はリヴァイが来ないから、二人きりだな…。
「……こうやって二人で飲むのは久々だな」
「そうですね」
「リヴァイのやつ、毎日毎日雨が降ろうが絶対来るもんな」
「ふふ、天気は関係なくないですか?」
ティーカップをかちゃりとソーサーに置いて、マヤは笑った。