第29章 カモミールの庭で
待っているあいだにたっぷりの水を飲んで、ゆっくりと草を食んだオリオンとアルテミス。“休息はもう十分です、早く出発しましょう!” とでも言いたいかのように二頭揃って、ブルブルヒヒーン! といなないている。
「さぁ、メトラッハ村に行くぞ」
「はい」
マヤは鞄に入っているザックの遺品に、鞄の上から手を添えた。
……ザック、今から行くからね… ザックの故郷に。
「道はわかっている。ついてこれるか?」
「ええ」
うなずいたマヤにうなずき返すと、リヴァイはひらりとオリオンにまたがって、先頭を走り始めた。
「アルテミス…。メトラッハ村はここからすぐだから。オリオンについていってね? お願い」
十分に休息を取り、大好きなマヤにお願い事をされて、アルテミスは嬉しそうに鳴き声を上げた。
ヒヒーン、ブルブルブルッ!
マヤは軽やかに愛馬に飛び乗ると、先を走るリヴァイとオリオンを追いかけた。
「着きましたね…」
15分くらいかかるテレーズの街とメトラッハ村の距離も、剛健で筋骨たくましいオリオンと、駿足自慢のアルテミスにかかれば10分を切って到着した。
「……えらく小せぇ村だな」
「そうですね…。またオリオンとアルテミスは…、外につなぎますよね…?」
マヤは二頭をつなぐのに適当な場所はないかと、きょろきょろと捜している。
「あっ、あの樹なんかどうでしょう?」
指さしたその樹は50メートルほど離れたところに立ち、濃い桃色の小さな花を満開に咲かせていた。
「いいんじゃねぇか、あれだけ大きければ日よけにも十分だし」
同意したリヴァイはすぐに樹の下までオリオンを走らせた。
「しかし…、すげぇ花の数だな」
そう言いながらリヴァイは、その樹を見上げた。
「綺麗ですね。なんていう樹なのかしら? 兵長、ご存知ですか?」
「ラドクリフじゃねぇんだ、わからねぇ」
「ふふ、そうですよね!」
二人は微笑み合って、ザックの故郷であるメトラッハ村に足を踏み入れた。