第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
エリー城跡に到着してから数時間。日は完全に落ちた。
第一分隊の手により綺麗に整えられた各階の部屋に、それぞれ兵士たちが配置されて休息している。
幸い負傷者も出なかったのでめずらしく衛生兵の出番もなく、皆がなごやかに笑っていた。口にするのは朽ちた城跡内にもかかわらず生きていた井戸の冷たい水と、壁外調査といえばこれが定番である “美味いって訳でもないが決して不味くはない” 野戦糧食。
「今日はあの奇行種一体が出ただけで、ここまでスムーズに来れて良かったよな!」
「その奇行種も兵長が瞬殺したらしいぜ?」
「巨人が出ねぇと目的地に着くのも早ぇし、物資の配備も馬の手入れも荷馬車の整備も宿営準備も、トントン拍子に進んで何もかもが余裕のよっちゃんだな!」
「なんだよ、その余裕のよっちゃんって」
「余裕のよっちゃんは余裕のよっちゃんだろ! 俺の故郷では普通に言うけど、もしかして言わねぇのか?」
「言わねぇわ、そんな変なの。どんな田舎なんだよ、お前の故郷」
「なんだと!」
「まぁまぁ、めずらしく死人も怪我人もいない夜だ。楽しく飲み明かそうぜ?」
「それもそうだ! 飲み明かすと言っても井戸水と野戦糧食しかねぇけど」
「上等じゃねぇか、乾杯!」
カンカン!
ここは壁外、宿営地。
当然ガラスや陶器ではなく、携行しているのはブリキのカップ。
乾杯して響く音はガラスの音ではなく、カンカンと鈍い金属音。
それがエリー城のあちらこちらから、上機嫌の調査兵によって井戸水の入ったブリキのカップが勢いよくぶつけられて聞こえてくる。
一階の奥まった元厨房とそれに付随するダイニングらしき部屋をあてがわれた第一分隊第一班と第二班も、同じように盛り上がっていた。
「マヤさん、お疲れ様です!」
「お疲れ様、ギータ」
マヤの持つ取っ手付きのブリキのカップに、カンカンと自分のカップをぶつけてきたギータは人懐っこく笑う。
「今日は平和な壁外調査で良かったっすね」
「そうね、奇行種が現れたときはちょっと焦ったけれどね」
水をひとくち飲んでから、手にした野戦糧食をじっと見つめるマヤ。
その様子を見たダニエルが不思議そうに訊く。
「どうしたんすか? もしかして嫌いなんすか?」
「ううん、嫌いじゃないわ。まぁ好きってほどでもないけど」
