第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
「………」
マヤの申し出を受けて喜ぶどころか、どちらかといえば困惑した表情で、ハンジはじっと見つめてくる。
「マヤ…。今の言葉に嘘いつわりはないかい?」
「……ないですけど?」
「いや~、そのうち機会をみて私の方からお願いしようかと思っていたのだが、まさかマヤから言ってくるとは! 鴨が葱を背負って来るというか… いやあれだね今の季節柄、飛んで火に入る夏の虫の方がしっくりくるね。鴨鍋は冬だから…」
「………?」
ぶつぶつと鴨だの虫だのつぶやくハンジの言葉はマヤにとっては、なんのことやら。さっぱり意味が通じない。
「マヤ、では秘薬が完成した暁にはバッチリ治験の方をたのんだよ!」
「……ちけん?」
耳慣れない単語に首をかしげるマヤに、ハンジは言い換えたうえで説明を始めた。
「新薬の効果や安全性を調べる臨床試験のことさ」
「あっ、ニファさんが言っていた人体実験のことかな? 完成した薬を飲まされるって…」
「ニファのやつ、人体実験とは人聞きの悪い…! いいかいマヤ、人体実験と臨床試験は似て非なるものだ。どちらも未知の薬や治療法の効果や安全性を調べるためだが、人体実験は被験者の意思を無視して無理やりおこなわれる非人道的なものに対して、臨床試験は被験者の積極的な参加意思に基づく倫理性の高いものだからね」
「被験者の意思を無視…」
……確か罰ゲームでやらされるとニファさんは言っていたわ。
それは意思を無視かどうか微妙なところではないかとマヤが考えていると、ハンジはまるで心が読めるかのように。
「ゲームに参加した時点で罰ゲームにも参加する意思があるとみなすのが普通だと思うよ? だから誰一人として犠牲者でもなんでもなく、美しい奉仕精神をもって自ら治験対象になってるということだ。そしてマヤ、君もだ!」
「いやちょっと待って、ハンジさん! 私がお手伝いしましょうかと言ったのは、材料を混ぜるとか、何か記録しないといけないのならそのレポートのまとめだとか、実験室の片づけとか… そういう雑用的なことで、完成した薬を飲みたいって意味じゃないんですけど…!」