第28章 たちこめる霧に包まれたひとつの星
ナナバは何年も前の少し切ない想いに遠い目をする。
「その人は班長が生きているころは何度も二人きりになって、すごく… 近かった。当時の私はガキすぎてわからなかったけど、誘われていたんだと思う。そして班長が死んでから初めて二人きりになったときに私は、それまで流さなかった涙を流した。その人の前では恥も外聞もなく泣き喚いたんだ。班長を失ったショックで心に穴がぽっかりと空いたよ。そして班長を好きだったんだと気づいた。その喪失感を埋めるために訓練に没頭する日々。そしてあるとき気がついたんだ。あれだけ何度も食堂でも兵舎でも街でも二人きりになったその人が遠くなっていることにね」
「その人は…、もうナナバさんに近づかなくなっちゃったの?」
「あぁ。理由はわからないけれど、もう二人きりになることも食事をすることもなくなった。それから何年も経って、今になって私の心はざわつくんだ。もしかしたらあのとき私のことを好きだったのかと、じゃあもし私がその想いに気づいて…、応えていたらどうなっていたんだろうって。その想いに囚われて気づけば目で追ってしまっていたり…。班長への想いとは違う形だけど、この気持ちはきっと…」
……ナナバさん、もしかして…。
真剣にナナバの話に耳を傾けていたら聞こえてきた “気づけば目で追ってしまっていたり” の言葉。それがトリガーとなってマヤの脳裏に突然、ある光景が浮かんできた。
あれはいつだったか、食堂でのこと。
……確かハンジさんとモブリットさんが一緒にいて。先に食べ終わった分隊長とタゾロさんが出ていくのと入れ違いにナナバさんとニファさんがやってきて…。
さらにマヤの記憶からよみがえる光景は、ミケとタゾロの二人の姿が見えなくなるまで目で追っていたナナバの潤んだ瞳。
……あのときのナナバさんは分隊長とタゾロさんを見ていた。だから今ナナバさんが言っている “その人” とは、二人のうちのどっちかなんだわ…。
「まだマヤが兵長を想うみたいにまっすぐに、気持ちを向けられないんだ。どうしても “あのときはどうだったの?” とか “どうして遠くなったの?” とか女々しい自分に嫌気がさすし。だから私は迷子さ」
そう言ってナナバは淋しそうに笑った。