第27章 翔ぶ
カモミールの花を愛する優しい女性と聞いて、“あっ!” とマヤが窓から見える中庭を振り向いたときにはもう、リックは厨房へと姿を消していた。
「だから、カモミール…」
白く小さなカモミールの花が咲き誇る中庭。
「レイさん、リックさんが中庭をカモミールで埋め尽くしているのはきっと…」
「あぁ、そうだな。ロマンチストなんだな、リックは」
「そうですね」
レイとマヤの二人はリックの恋に想いを馳せて、しばらくのあいだ風に揺れるカモミールの花を見ていた。
「カモミールティーを飲みながら眺めるカモミールの花は素敵ですね」
「そうだな」
マヤはスコーンを食べ始めた。
「うん…、やっぱり美味しい」
添えてあるジャムは季節のジャム…、白桃だ。
「レイさん、知ってます? リックさんのスコーンはヤギのミルクで作っているからあっさりしていて、だからジャムととても相性がいいんですよ?」
「そうだな」
「………」
先ほどからどこか上の空で “そうだな” しか言わないレイを、怪訝そうに見つめる。
「レイさん、大丈夫ですか?」
「あ? いや、すまねぇ」
どう話を切り出すのが良いのか考えていたレイだったが、マヤが心配そうに、そして少々訝しげな様子で自身の顔を覗きこんでいるのに気づいた。
目の前のマヤは、スコーンを半分ほど食べ終えている。
そろそろ、いいだろうか。
もともと姿勢の良いレイではあるが、背すじを伸ばして座り直す。
「マヤ、話があるんだ」
「はい、なんですか?」
深く考えずに軽く返したマヤだったが。
「団長にはもう話を通してあるんだが…」
「………!」
マヤは “団長” という言葉で、一気に任務に引き戻された。
思いがけずヘルネに連れてこられて、ここ “カサブランカ” でリックの過去の話を聞いて。
任務のことが完全に頭から抜けていた。
マヤも背すじを伸ばす。
「はい、なんでしょう…?」
「この一週間でオレはマヤのことを少しは知ったつもりだ。お前もそうだと信じたい、違うか?」
「ええ、まぁ… 少しはレイさんのことを知れた気がしますが…」
「ならいい。結論から言うとオレはやっぱりマヤに惚れている。オレと結婚してくれ」