第26章 翡翠の誘惑
……お、男として…。
レイの露骨な表現に、マヤは黙りこんでしまった。耳まで赤くなっている。
……今レイさんに顔を見られたら、私の気持ちがばれちゃう。
焦って顔を背けたマヤを味方するように、雲が月を隠した。
薔薇テラスは翳り、レイにはマヤの表情がうかがえない。
顔を自身とは反対の方へ傾けてうつむいているマヤの言葉を待つが、しびれを切らして続けざまに訊いてしまう。
「……どうなんだよ…。黙っているということは兵士長を男として見ているってぇことでいいのか?」
「そんな訳ないじゃないですか…!」
マヤはレイの方を向いた。依然として月は雲に隠れている。
「レイさんが “男として” だなんて言うから、びっくりしちゃって声が出なかっただけです」
「……へぇ、そうかよ…」
明らかにマヤの言い分を信じていないような声を出したレイの顔を、キッと強い目線で見上げた。
「そうですよ! 大体兵長は上司ですよ? さっきも言いましたけど尊敬してるし憧れも当然ありますけど、そんなの調査兵団の女子はみんなそうですから…!」
自身の本当の想いをごまかすように、マヤの言葉じりはきつくなる。
「おいおい、そんな怒るなって」
何やら興奮しているらしいマヤを、レイは慌ててなだめる。
「別に怒ってないですけど、レイさんが変なこと言うから…!」
まだマヤの語気は強い。
「わかったわかった。すまなかったな」
レイが白い歯を見せた。
月を隠していた雲も風に流れて、薔薇テラスに明かりが戻ってくる。
「あらためて訊くが、リヴァイ兵士長のことはなんとも想っていない、男として見ていないってことだな?」
「ええ。兵長は上司ですから」
“リヴァイ兵長は上司だから、そういう目で見ていない” というスタンスを貫くと決めたマヤはもうすっかり落ち着いて、レイの翡翠色の瞳をしっかりと見つめ返した。
「……それ以上でも以下でもありません」
「そうか、わかった」
レイも納得してそう答えたとき。
「ミャオ!」
ガーデンチェアで丸くなってよく眠っていた白猫のアレキサンドラが、急に起き上がるとテラスの扉へ駆け出した。