第26章 翡翠の誘惑
「落とさないわよ! オルオの方こそ、綺麗に食べなよね!」
目を三角にして怒るペトラの手から、マドレーヌのかけらが落ちた。
「ペトラ、落ちてる…」
「え? どこ?」
「胸のところ」
「どこどこ? 取ってくれる?」
「もう、ペトラったら」
仕方ないわねと笑いながら、マヤがペトラのドレスの胸元に落ちてしまった菓子のかけらを取ってやっていると、扉のノック音が響いた。
返事をする間もなくレイが入ってくる。その背後には追加のティーポットを持った執事長のセバスチャンが。
「紅茶のお代わりを持ってき…」
レイは言葉をのみこんだ。その翡翠の瞳はマヤに釘づけになっている。
この待合室にマヤたち三人を自ら案内したあとは、今宵開催される舞踏会のホストならではの仕事に追われ、部屋から離れていた。ようやくひと息をついたところで、そろそろ最初に運ばせた紅茶もなくなりかける頃合だと、セバスチャンをお供にやってきたのだった。
紅茶を口実にしているが、本来の目的は自らオーダーしたドレスに着替えたマヤを見ること。
「マヤ… ペトラも…、よく似合っているじゃねぇか」
……あぁ、本当によく似合っている。
マヤには本当は穢れなき白のドレスを着せたかった。
だがそれだと、カインの野郎と同じになる。
オレが最初に惹かれたマヤの、靴を脱ぎ捨ててまでペトラのために駆けつけた澄んだ強い想い。それを表しているかのような透明でみずみずしい水宝玉、その名もアクアマリンの石言葉は、勇敢と聡明。あのときのマヤにぴったりじゃねぇか。
だからマヤのドレスにはアクアマリンの水色の生地を選んだんだ。
純白のドレスは、いずれ生涯を添い遂げると誓うときに着てくれればいい。
そしてペトラは…。そこにいるだけで場が明るくなる華のある娘だ。マヤがペトラのために必死で駆けていったのもうなずける。幼馴染みのオルオに対しては少々辛辣なところもあるが、オルオはそこも含めて惹かれているみてぇだな。
そんなペトラには太陽のようなオレンジ色だと、オレは思った。