第26章 翡翠の誘惑
「聞いたことのない名前だね!」
「そうだよな。兵団にもいないし、俺らの近所にもいなかった」
「うん、いなかった」
アッカーマン姓を知らないと盛り上がっているペトラとオルオ。それを少し首をかしげて聞いていたマヤが、こう切り出す。
「それは… 特別な一族なんだし、そんなあちこちにある名前じゃないんじゃない? バルネフェルトだって聞かないよ?」
「そっか! そんな王家を支えた武家と公家の特別な姓がごろごろいたら、ありがたみがないもんね」
「あはっ、そうだね」
名家をごろごろと石っころみたいに言うペトラを、マヤは笑った。
「ありがたみとは拝まれている気分だな」
レイも笑う。
「拝みたくもなりますよ。こんなすごいミュージアムを見せてもらったし…。ねっ、マヤ?」
「うん、そうね。本当に素敵だったわ。レイさん、ありがとうございます」
「喜んでもらえたなら何よりだ」
「それはもう…」
「俺も面白かった!」
お気に入りのオルオの笑顔を見ながら、レイは時計にちらりと目をやる。
「そろそろ行くか。ドレスに着替えねぇといけねぇしな」
「「はい!」」
ドレスという単語にマヤとペトラの顔がぱぁっと輝いた。
レイにつづいて階段を下りると、いつからそこにいたのか若い執事が一人、直立不動で待ち構えていた。
「レイモンド様。馬車の準備はできております」
「すまねぇな。オレはこいつらと一緒に戻るから、あとはよろしく頼んだ」
「かしこまりました」
深々と頭を下げている執事の横を通りすぎると、待っていた馬車に乗りこむ。
走り出した馬車の中でレイが告げる。
「待合室には茶菓子もあるからな…。ミスリル銀入りじゃねぇけど」
その言葉にマヤたちは大笑いをして、これから食べるであろうごちそうの数々や、着るドレスに胸をふくらませた。