第26章 翡翠の誘惑
「ところでレイさん、もう一つ質問してもいいですか?」
ペトラはまだ何かレイに訊きたいことがあるらしい。
「ここって金とか銀とかの貴金属でしょ? ミスリル銀はないんですか?」
「あぁ。ミュージアムにあるミスリル銀は短剣だけだ」
「……そうですか」
ペトラは不思議だったのだ。
グロブナー伯爵家では、ケーキにまでミスリル銀を使っていた。
カインが得意そうにこう言っていたのを思い出す。
「僕んちのミスリル銀は、すでにある産地より豊富に出るんだな~。だからケーキにだって使えるんだ。もうどんなものだって加工できるんだよ? 装飾品はもちろん武器や食器や、それにデザートにも! すごいだろう?」
だからグロブナー伯爵家よりも上位のバルネフェルト公爵家なら、もっとミスリル銀があふれているものなのかと。それなのに貴金属のディスプレイケースにミスリル銀がない。
「グロブナー伯爵の屋敷には色々とミスリル銀製品があるとカインが言っていました。ケーキにまで使ってたんですよ? それなのにレイさんのところは短剣だけ? なんで? レイさんの方がカインよりすごいはずなのに…」
納得がいかない様子のペトラに、マヤが声をかけた。
「レイさんは “ミュージアムにあるミスリル銀は短剣だけだ” って言ってるから、お屋敷にいっぱいあるんじゃないかな?」
「あっ、そうか。レイさん、そういうこと?」
「まぁ、そういうことだ。言っておくがうちはケーキに使うような悪趣味なことはしてねぇがな」
「「悪趣味?」」
マヤとペトラが声を揃える。
あのときにミスリル銀入りのケーキを食べて、それを悪趣味だとは別に思わなかったからだ。
「あぁ、悪趣味だ。いくら領地で鉱山が発見されたからって、なんでもかんでも加工するのはどうかと思うぜ? 成金主義にありがちの下品なおこないだ。まぁメッキだった訳だから見方によっては可愛くもあるがな」
レイは最後に語気を強めた。
「ミスリル銀はな、王家と特別な一族にだけ身につけることを許された金属なんだ」
「「………」」
レイのミスリル銀に対する想いと、バルネフェルト家が特別な一族だと自負している強い想いの両方をマヤとペトラは感じて、黙りこんでしまった。