第26章 翡翠の誘惑
……やっぱりドレスを見ると、あの夜のことを思い出しちゃうわ。ペトラは…、大丈夫かな?
……この白いドレスを着ていた私は、あの変態パパ野郎の本性も見抜けず、ほんっとうに馬鹿だったわ。でもドレスはめっちゃ綺麗。ドレスに罪はないもんね!
マヤとペトラの二人が、それぞれの想いを胸にエステルの仕立てた美麗なドレスを見つめていると、レイの声が静かに聞こえてきた。
「このドレスは、やっぱり特別に出来がいい。さすがエステルの手にかかっただけのことはある。だが、あの事件もあったしな…」
一瞬ペトラの方に思いやりのある視線を投げた。
「ここに飾っておくのが一番いい」
「……そうですね。私たちも事件のことは早く忘れたいですし…」
いち早く、マヤが賛同する。
そして先ほどから気にかかっていたペトラの気持ちはどうかしらと隣に立つペトラの横顔をうかがうと、ペトラは微笑んでいた。
「ほんとレイさん、ありがとうございます。確かに色々あったし、もう着るのは嫌なはずだったんだけど、こうやって目の前にするとやっぱりドレスはとんでもなく綺麗で、可愛くて、好きだなぁ…。今夜は舞踏会なんだし、ちょっと着てもいいかな、なんて思うくらいにはもう、全然事件のことも平気なんで!」
自身の心の傷を気遣ってくれることにペトラは感謝し、もう大丈夫なんだと胸を張って、こぶしで叩いてみせる。
「そうか、それは良かった」
「はい! いつまでも嫌な想いを引きずってたら損ですから。前を向くように心がけてます」
思いのほか元気そうなペトラの笑顔に、マヤもオルオも胸を撫で下ろす。
「それはいい心がけだな]
レイは前進あるのみのペトラに優しい笑顔を向けた。
そして純白と薄紅梅のドレスを交互に見ながら。
「このドレスを着てもいいかななんて思う必要はねぇから」
またレイは、いたずら心を隠しきれない子供の表情を垣間見せる。
「ペトラ、……マヤも。このドレスのサイズから新しいドレスを仕立てておいた。今夜はそれを着てくれ」