第26章 翡翠の誘惑
三階の部屋の扉の前で足を止めたレイ。振り向いた顔は、どこかいたずら心を隠そうとして隠しきれない子供のような表情をしている。
「ここが… “ドレスの間” だ」
「「あっ!」」
広間の名前を聞くなり、マヤとペトラは同時に声を上げた。
この壮大なバルネフェルト家のミュージアムなる館を知るきっかけとなったそもそもの発端は、ドレスだからだ。
グロブナー家が舞踏会にペトラを招待するときに、オートクチュールメゾンの最高級仕立屋 “ディオール” にドレスをオーダーした。
ヘルネ支店の支配人兼デザイナー兼元お針子のエステルが精魂こめて仕上げたドレスは、それはもう素晴らしい出来栄えだった。
しかし最上級のドレスも、あのような事件のときに着用していたとなれば、必ずや事件を彷彿とさせる残念な思い出と成り果ててしまう。もう二度と袖を通すことはなかろう。目につくところに置いておくのもはばかられる。いや、実際のところは狭い兵舎の自室には置けないのであるが。
そんな事情や心情をすべて汲み取って “オレの屋敷に… ミュージアムに置けばいい” と引き受けたのがレイだったのだ。
その計らいに感謝するのと同時に初めて聞く “ミュージアム” なるものに興味を抱き、ぜひとも行ってみたいと思ったマヤとペトラ。
今とうとうそのミュージアムの “ドレスの間” にやってきた。
きぃっとかすかな軋みとともに、大きくひらかれた扉から目に飛びこんできた光景は…。
鮮やかな色のドレスに埋め尽くされた、そこは大きな花畑。赤、青、黄、白、緑、桃、紫、橙。ふわふわふんわりと咲いた大輪の花たち。
「うわぁ…! 綺麗…!」
ペトラと二人、目を輝かせてドレスのあいだを行き来するならば、それはまるで蝶にでもなった気分だ。
「マヤ、見て! あれ!」
ペトラが指さしたのは、まぎれもなくエステルが愛弟子のジャドと汗水たらして驚くほどの短時間で縫いあげた純白のドレス。カインの邪悪な欲望のために指定されたウェディングドレスまがいの純白のドレスだ。
「うん。あのドレスだね。その隣のは私の着てたドレスだわ…」
ペトラの着ていた純白のドレスの隣のトルソーがまとっているのは、薄紅梅のドレスだ。
「……なんだか懐かしいくらい」
再会したドレスを前にして、マヤはつぶやいた。