第26章 翡翠の誘惑
「……立体機動装置の試作品?」
「あぁ。アンヘル・アールトネンが手掛けたんだ」
……立体機動装置にも “始まり” があったんだわ。
訓練兵になってから調査兵の今にいたるまで、毎日のように手にして、身につけて、訓練して、整備して、そして壁外で実戦して。
兵士として身体の一部といっても差し支えのない立体機動装置も、最初からあの形状ではなかったのだ。
そんな当たり前のことを考えもしなかった。
立体機動装置がなければ、人類は巨人に対して為す術は何もなく、ただその無慈悲な殺戮の餌食になるしかなかったであろう。
立体機動装置こそが、鳥籠の中に囚われている人類の屈辱を払拭できる未来の希望の光だ。
……そんなすごい装置を作った人って?
きっと調査兵だったに違いないわ。
ハンジさんみたいに探求心が強くて、聡明な人。
「……そのアンヘル・アールトネンさんは調査兵だったのですか?」
ハンジをイメージして胸を躍らせながら質問したマヤは肩透かしをくらった。
「いや、工房で働く職人だ」
「職人… ですか」
そんなはずはない。兵士として巨人に対峙していなければ、とてもではないが巨人を削ぐのにふさわしい機動力に殺傷能力を備えた、優れた装置を開発することなんてできない。
そう考えながら、立体機動装置の試作品を眉間に皺を寄せながら見つめているマヤ。
それを間近で見ているレイには、手に取るようにマヤの考えていることがわかった。
「使う人間じゃねぇと創れねぇよな、こんなすげぇ装置」
「あっ、はい… そうです。私もそう思っていました」
「だよな。アンヘル・アールトネンは発明王とも呼ばれた職人だが、そいつの幼馴染みが兵士だったらしいぜ?」
「幼馴染みが調査兵…」
そう聞いた途端に合点がいく。
「あぁ。そこまでしかアンヘル・アールトネンの情報はねぇが、きっとその幼馴染みのために開発したんだろうよ」