第26章 翡翠の誘惑
「ちょっと! パパ野郎の部屋は別にかまわないけど、レイさんとこで舌を噛むんじゃないわよ!」
「うるさいわ!」
また二人の世界に入って小競り合いを始めたペトラとオルオに、レイとマヤは肩をすくめる。
「……始まったな」
「ですね」
「前にもオルオは舌を噛んでいたが…、あれは一体なんなんだ?」
レイが当然の疑問を口にする。
レイがオルオの舌を噛むのを目撃したのは、これで二度目だ。一回目はカインの部屋の入口で見ていた。
あのときはペトラを想うあまり、カインへの怒りで頭に血が上ったのだろうと思っていたが。
……今はそういう状況ではねぇよな?
「あはは…。えっとですね、オルオはよく舌を噛むんです。癖…? ううん、習慣?」
全く心配している様子もなく、癖だとか習慣だとか。
「そんなによく噛むのか? 大丈夫なのか、血も飛んでいたが…」
「はい。もうみんな慣れちゃって、なんとも思わなくなりました」
「……そうか」
澄ました顔で、舌を噛んで出血しようが平気だと言いきるマヤに驚く。だが、そう言わしめるほどにオルオの舌噛みの頻度が高いのだろうとレイは考え、納得した。
「マヤ、見せたいものがある。ついてこい」
ペトラとオルオを置いてけぼりにして、レイはマヤを案内する。
“戦の間” はひととおり全部見てまわったと思っていたが、実はまだ踏み入れていない空間があったことにマヤは気づく。
レイに導かれた部屋の角には、壁紙と同じ色の扉があった。ぱっと見たところでは、そこに扉があるとは誰も気づかないであろう。
いわば隠し部屋のようになっているその扉をレイはグイッと開放した。
「こんなお部屋があるなんて…!」
足を踏み入れたマヤが声を上げる。そして陳列棚に置かれている、ある武器を見て目を見開いた。
「……これは…」
マヤが目にしているものは一瞥したところ、立体機動装置だった。
だがよく見れば明らかに普段使いこなしているものとは造りが違う。
アンカーがついたワイヤーの射出装置もガスボンベも、かなり粗い造りで大きい。その割にはブレードが小さく、バランスが悪い。
目の前の物体の理解が追いついていないマヤの耳に、レイの声が静かに響いた。
「これは立体機動装置の試作品だ」