第26章 翡翠の誘惑
愛おしいマヤの瞳の奥で、琥珀の炎が揺らめいている。その激しさにレイはぞくぞくする。
だが、ぞくぞくしながらも努めて冷静な口調で。
「そう怒るなよ。兵士長が弱ぇって言っているんじゃねぇんだ。強ぇのはわかっているさ。ただ強ぇからといって王家に仕えた武家の一族だとは考えられねぇってだけだ」
「どうしてですか?」
「オレはエルヴィン団長の語る武勇伝を聞いたことがある。確かそれによると兵士長は、地下街出身のゴロツキだったんだろう?」
「ええ、そうですが」
キッとレイを見上げたマヤの目には “兵長が地下街出身だっていうのが何か問題でも?” といった反抗心のようなものが見え隠れしている。
「なら間違いねぇ。王家に仕える特別な一族の武家の者である訳がねぇ。全然関係ねぇはずだ」
「なんでそんな言いきれるのですか?」
マヤの瞳はどこまでも疑い深い。
「それは王家に仕える武家に双璧をなす…、文の力で仕えた一族である公家ってぇのがうちだからだ」
「「「えっ?」」」
それまでマヤとレイのやり取りを大人しく聞いていたペトラとオルオも驚きの声を出す。
「バルネフェルト家が公家? 王家に仕えている特別な一族ですか…」
「あぁ、そうだ。うちと比肩しうる武家の一族の人間が地下街で生まれ育つなんてぇことは考えられねぇからな…。それに武家は淘汰されて消失したんだ。それは貴族なら誰でも知っている。学習院で習うんだから」
「……学習院?」
「あぁ、オレらが通う学校だ。フリッツ王家の伝統と歴史は必修科目だからな。武家は消滅したし、万が一にも残党がいたとして、地下街のゴロツキとは断じて違う。いくらあの兵士長が強かろうと関係ねぇな」
学校で習ったとなると間違いのない事実な気がしてくる。マヤは大人しく引き下がった。
「……そうですね。わかりました」
「だがな…、実のところ今オレが言ったことは学習院で誰もが習う基本事項なんだ。詳しいことは爵位を引き継いだときに、すべての歴史と記憶を掌握する掟になっている」
爵位の継承と、王家にまつわる記憶の掌握…。
その言葉を口にしたレイの表情は、今までマヤたちが目にしたなかで一番引きしまった真剣なものだった。