第26章 翡翠の誘惑
細く長い指先が、目にも留まらぬ速さで鍵盤の上を踊る。
レイの弾く少し暗めのワインレッド色をしたグランドピアノから、“音楽の間” いっぱいに音符が跳ね飛ぶ。
……音に羽が生えている…!
その軽やかで楽しいリズムの曲に包まれて、マヤは思わず身体が揺れ動いてしまう。
ピアノから離れたところに堂々と飾られている、おおよそ2メートルもあるペダルハープに見惚れていたペトラとオルオも、レイの演奏が始まると近くにやってきた。
「……レイさん、すごい! 上手…!」
演奏中に話すのはマナー違反だとわかっていても、心の叫びがつい声になって出てしまうペトラ。
オルオもつま先でリズムを刻んでいる。
ジャン、ジャン、ジャン、ジャーーーン!
鍵盤の上で大きくその手が跳ねた次の瞬間には、
ティラララララララララララララララーン、ラン!
鍵盤の端から端まで一気に流れるようにレイが指を滑らせて、曲は終わりを告げた。
「うわぁ、すごい! お見事です!」
「レイさん、かっこいい!」
「最後の指をバーッて滑らせたの、すげぇ!」
マヤ、ペトラ、オルオはそれぞれに興奮を口にしながら盛大に拍手をした。
「とても楽しくて踊りたくなりました。なんていう曲なんですか?」
マヤの質問にレイは意味ありげに笑う。
「何を弾こうかと考えたときに浮かんだ。この曲は組曲シンデレラの第二十七番 “舞踏会の夜” だ」
「シンデレラって、あのおとぎ話の…?」
「あぁ。王立劇場のバレエの演目でシンデレラは人気なんだ」
「そうなんですか。知らなかった…」
目を丸くしているマヤ。
「あの絵本で読んだシンデレラが王立劇場でやってるなんて不思議だね、オルオ」
ペトラがオルオに話を振るが、オルオは同調しなかった。
「シンデレラってなんだ? 絵本って?」
「何すっとぼけてんのよ! 私はあんたの家で読んだのよ?」
「憶えてねぇわ…」
「ほんとにオルオって想像力がないうえに記憶力までないんだから…!」
「うるさいわ!」
いがみ合いを始めた二人を見て、レイがマヤにささやいた。
「この二人、いつもこうなのか?」