第26章 翡翠の誘惑
マヤとペトラは特に念入りに、テーブルの上に配置されたフルコースの食器とカトラリーを鑑賞していたが、オルオは大きなあくびをしている。
「ふわぁ…! こんな食いもんが乗ってねぇ皿を見て、何が楽しいんだ?」
オルオの感想を聞きつけて、ペトラがきっと睨んだ。
「馬鹿ね! あんたには想像力ってものがないんだから。この素敵なお皿の上に見えるじゃない、湯気を立てている蒸しチキンが!」
「はぁ? 俺には見えないけど?」
「もう! オルオなんかほっといて次行こ!」
マヤたちが次に案内されたのは、二階だ。横幅のある階段には滑り止めも兼ねているのだろうか、真紅の絨毯が敷かれている。真っ白な大理石の床に真っ赤な絨毯が鮮やかに映える。
二階で入った最初の部屋は “音楽の間” 。
ギター、バイオリン、チェロ、コントラバス、ヴィオラ、そして大きなハープなどの弦楽器。トランペットやホルン、トロンボーンにチューバなどの金管楽器。フルート、オーボエ、クラリネットやサックスなどの木管楽器。ピアノ、オルガン、アコーディオンなどの鍵盤楽器。ドラム、シンバル、鉄琴に木琴などの打楽器。
「うわぁ! こんな数の楽器、見たことない!」
ペトラが叫べば、マヤも目を輝かせてグランドピアノに駆け寄った。
「素敵! こんな立派なピアノは初めて…!」
「マヤはピアノを弾くのか?」
いつの間にかマヤのすぐ後ろに来ていたレイが訊いてくる。
「……いえ。でも好きなんです、ピアノの音色が。静かな曲では優しくて心にすっとしみこんでくるし、明るくて元気な曲では心に跳ねるように飛びこんでくるから」
「そうか。オレが一曲、弾いてやろうか?」
「え? 弾けるんですか?」
「まぁな。リクエストはあるか?」
急に訊かれても、何も浮かばない。
「……レイさんにお任せします」
「OK」
数秒ものあいだ、何を弾こうか考えていたらしいレイは目を閉じていたが、かっとその翡翠色の瞳を見開くと両手をダイナミックに上げて勢いよく振り下ろした。