第26章 翡翠の誘惑
ゴトゴトゴトゴト… ゴトゴトゴトゴト…。
バルネフェルト家の白い薔薇の紋章が車体に描かれているその馬車は、やはり体格の良い立派な白馬がひいていた。
四人掛けの車内で、ペトラが早速質問してくる。
「兵長に訊けた? 王都に一緒に来るの黙ってたこと」
「ううん…。訊けなかった…」
「じゃあ、何を話してたの?」
「……何も」
そう、何も話していない。訊きたいことは、たくさんあったのに。
「でもよ、兵長が自分で俺たちが知りたいことの答えを言ってたよな? 憲兵団本部に行くって」
オルオの言葉に、マヤはうなずいた。
「そうなの。だからなんか訊けなくなっちゃって…」
「でもさ~! 王都に来た理由はわかったかもしれないけど、私たちに話してくれなかった理由はまだじゃん」
ペトラは不服そうだ。
「あのね、ペトラ…」
「うん?」
「兵長がね、“話ならあとで聞くから” って言ったんだ…」
「あとで? どういう意味? 兵舎に帰ってから? それとも今日…?」
「わからないの」
「じゃあ… いつになるかはわからないけど、いつかは兵長が話を聞いてくれて謎が解けるってことだね!」
ペトラの意見にオルオも同調する。
「そうだよな。じゃあこれでこの件は解決だな! それよりよ、今日の舞踏会はどんなご馳走が出ると思う? きっとものすごいんじゃねぇかと思うんだけどよ、肉がいっぱい出たらいいよな?」
舌なめずりしそうな勢いで食事の話をするオルオをたしなめるペトラ。
「ちょっと! 屋敷の中でそんな話しないでよ。するとしても小さな声でするのよ! 恥ずかしいから」
「何言ってんだ。ペトラだってうまいもんに目がないくせに。人のこと、言えるのかよ!」
「なんですって!」
また始まったペトラとオルオの口喧嘩を遠く耳にしながら、マヤは馬車の窓からの景色をぼうっと眺めていた。
リヴァイ兵長が耳元でささやいた低い声が忘れられなくて。
「……話なら、あとで聞いてやるから…」
あとっていつですか、兵長。
すぐにでも話をしたい、顔を見たい、声を聞きたい。
……逢いたいです…!
リヴァイへの想いだけが、どんどん胸を占めていく。