第26章 翡翠の誘惑
リヴァイへの想いを胸に車窓を流れていく景色を見つめていると、見覚えのある煉瓦造りの長い塀が現れた。塀の向こうには果てしなく広がっているかと思うほどの深い森。
……来たわ…、バルネフェルト公爵のお屋敷…。
ペトラの座っている側の窓からは、同じく公爵の敷地の芝生公園。
右を見ても左を見ても、すべてバルネフェルト公爵の敷地がつづく。
住む世界が違うと、マヤはため息をつく。
庶民の家よりも大きい門衛所のある門を通過して、立派に整備されている馬車道をひたすら突き進み、宮殿のような屋敷に到着した。
馬車を降りると、執事と思しき若い男性に屋敷に案内される。
玄関を入れば、執事長のセバスチャンと使用人たちがずらりと待ち構えていた。
「マヤ様、ペトラ様、オルオ様。本日はようこそおいでくださいました。執事長のセバスチャンでございます。またお目にかかれまして嬉しく存じます。私ども一同、誠心誠意お仕えさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」
そう口上を述べたセバスチャンがお辞儀をするのと同時に、背後に居並ぶ… ひとめ見ただけでは数えきれない人数の執事とメイドたちが一斉に深々と頭を下げた。
「あっ…、はい… 私たちの方こそ、よろしくお願いします!」
マヤはどぎまぎしながらなんとかそう返して、ぎこちなくお辞儀をする。
……どうやって挨拶したらいいか、わからないよ…!
そう心の中で叫びながら横にいるペトラをちらりと見ると、ペトラも目を白黒させながら頭を下げていた。
「……では、ご案内いたしますが…」
セバスチャンがすっと背後に立っているメイドたちに目くばせをすると、三人のメイドが音もなくやってきた。
「お荷物をお預かりいたします」
「……お願いします」
預かってもらうほどの荷物でもないが、それぞれ小さな鞄を持ってきている。
小さくてもメイドに預けると、身軽になったと感じた。
「おっ、荷物がないと楽だな!」
オルオが嬉しそうに両腕をぶんぶんと振りまわしたが、
「……ちょっと! やめなさいよ!」
小声でペトラに叱られて、がっくりと肩を落とした。