第26章 翡翠の誘惑
「兵長を待っていたら寝ちゃったんです!」
「……は?」
ペトラの言葉に怪訝そうなリヴァイ。
「俺たち、兵長に訊きたいことがあって…」
オルオが事情を話そうとしたときに、マヤを呼ぶ声が聞こえてきた。
「マヤ・ウィンディッシュ様~! マヤ・ウィンディッシュ様はいらっしゃいますか~!」
「あっ、はい! ここです!」
マヤは右手をまっすぐに上げて返事をした。
「マヤ・ウィンディッシュ様! ただいま、そちらへ…!」
人の群れをかき分けて、一人の小柄な御者がやってきた。
「お待ちしておりました。私はバルネフェルト家の使いの者でございます。あちらに馬車の用意がございます」
小柄な御者は燕尾服を身にまとい、優美なお辞儀をする。
マヤも慌ててお辞儀をした。
「よろしくお願いします…!」
「では参りましょう! え~、こちらがペトラ・ラル様にオルオ・ボザド様ですね?」
三人は兵士の正装として、兵服で来ている。
御者はマヤと同じ兵服のペトラとオルオににこやかな笑みを向けたが、次の瞬間には。
「え~、こちらのお方も… ご一緒でしょうか…? 三人様だとうかがっているのですが…」
兵服ではなく、ピシッとした黒のスーツ姿のリヴァイに、おずおずと声をかけた。
「いや、俺は違う」
「「「えっ!?」」」
リヴァイの言葉に思わず声を合わせて驚く三人。
「兵長! 一緒に舞踏会に行くんじゃないんですか?」
ペトラが訊けば。
「俺は憲兵団本部に行く」
とだけ答えて、御者の方にくるりと体を向けた。
「こいつらを、よろしく頼む」
「……かしこまりました」
御者はリヴァイにも美しい姿勢でお辞儀をすると、マヤたちを案内した。
「では皆様、こちらでございます。お足元にお気をつけください」
「「はい!」」
ペトラとオルオは御者のあとをついて歩き始めたが、マヤは動けずにいた。
結局船内ではリヴァイ兵長に会えずに、どうして王都に来ているのか訊けずにいた。
今も何も言葉を交わしていない。
……このまま、ここで別れるの?
「あの…、兵長…」
か細いマヤの声は喧騒に消されそうだったが、リヴァイが聞き逃すことはない。
「なんだ」