第26章 翡翠の誘惑
どうも嫌な予感がする。
漠然とした… たとえるならば背中がぞわぞわとして何か得体の知れねぇものが這いずりまわるような…、そんな感覚がしやがる。
……レイモンド卿の今回の招待には何か裏があるに違いねぇ。
絶対に。
なぜ言い切れるのか自分でもわからねぇが…。
……そうだ、これは俺の勘だ。
だから必ず俺は行く。
招待なんかされていなくても、バルネフェルト家へ。
だが問題は、どうやって入りこむかだな…。
さすがに無断侵入する訳にもいかねぇし。侵入すること自体は難なくできそうだがな。
やはり堂々と正面からだ。
レイモンド卿の招待状は持ってねぇが、正面玄関から入ってやる。
それには一体どうすれば…。
……リヴァイ君、リヴァイ君!
ふいに心に浮かんできたのは、灰色の髪を綺麗に撫でつけた頭の形の美しい中年の男の声。
その男は、レイモンド卿の招待の有無など関係なく俺を招き入れることのできる権力の持ち主。
そう、バルネフェルト公爵だ。
幸いレイモンド卿の親父であるバルネフェルト公爵は、なぜだか俺を気に入っている。
公爵の口癖はこうだ。
“リヴァイ君、また来たまえ。君ならいつでも大歓迎だよ。そしてできることならば、エルヴィン君からではなく君の口から直接、武勇伝を聞かせてほしいものだね”
公爵の願望を叶えてやる気などさらさらなかったが、今回ばかりは仕方がねぇ。
マヤのためなら巨人を削いだ話の一つや二つ…、話してやろうじゃねぇか。
リヴァイは公爵を訪ねる名目でバルネフェルト家の敷居をまたぐと心に決めると、顔を上げた。
視線の先には机の上にさりげなく置かれている、リヴァイが大切にしているあるものが。
それはマヤが飲んでいた葡萄水のガラスの空き瓶だ。
……マヤは、俺が守る。
リヴァイの決意を象徴しているかのように、淡く射しこむ月の光がきらりと瓶を輝かせてみせた。