第26章 翡翠の誘惑
なんだかんだと自身に言い訳をしながら、わざわざ花壇にやってきたのに目当てのマヤはいない。
自然とリヴァイの顔は厳しくなる。
能天気なラドクリフは、リヴァイの眉間の皺がいつにも増して深いことなど全く意に介さない。
「さっきまでな、マヤがいたんだ」
「………」
「お前と入れ違いで部屋に帰った」
「………」
……なんだと…?
なんのために俺はここに来たんだ。
リヴァイが無駄足を踏んだ自身を呪ってうつむいていると。
「リヴァイもキキョウに興味があるのか?」
「……は?」
「だってよ、そんな熱心に見つめてっから。めずらしいもんな、淡紅色のキキョウ。マヤも初めて見たって驚いてたぜ?」
桔梗を見つめている訳でもなんでもない、ただ単にうつむいたリヴァイの視線の先に咲いていただけなのだが。
今は花のことなどどうでもいいとリヴァイは思ったが、マヤの名前が出てきた。
つい反応してしまう。
「……マヤが?」
「そう、あのマヤが。花のことは結構詳しいのによ、やっぱりこの淡紅色は滅多にお目にかかれないしろものだからな。リヴァイ、お前も初めてだろ?」
「あ? ……あぁ…」
この眼下で咲いている淡いピンクの花を初めて見たかどうかなんて知らないが、とりあえずは同意しておく。
「だろ! 青紫のキキョウはよく目にするけどな!」
リヴァイと花の話ができるのが楽しくて仕方のないといった様子で、ラドクリフは少し離れた場所に植えてある青紫色の桔梗を指さした。
「あぁ、そうだな…」
リヴァイの視線の先で夜風に揺れていたのは、マヤとヘルネに行った日に一緒に眺めた青い花。
マヤの思い出話を聞き、その花が描かれたティーカップを贈った。