第26章 翡翠の誘惑
「あぁぁ、行っちゃったよ」
「マヤがラドクリフと一緒にいるのを、黙って見てられなかったんだろうな」
「でももう遅いね。今行ったところでラドクリフしかいない」
「そうだな」
「……ほんとに可愛いねぇ、リヴァイは」
「あぁ」
ミケとハンジはうなずき合うと、マヤがいないのにリヴァイはどうするのだろうかと興味津々で花壇を見つめた。
階段をゆっくりと下りている。
執務室からマヤが見えた。
……なぜラドクリフといる?
ハンジが “ラドクリフとマヤは会う約束をしていた” なんてことを言いやがる。
そんなはずはない。絶対ない。
別になんてことはない光景だ。
花好きのラドクリフと同じく花好きのマヤが花壇にいるだけ。
なのに、窓の向こうでマヤがラドクリフに笑いかけるたびに疼く胸。
ミケのクソ野郎が、ラドクリフはマヤよりメシか花だとかのん気に笑っていやがるが、さてどうだか。
気づけばくるりと窓に背を向け、部屋を出ていた。
自分でもよくわからないが若干足が速く、どこか急いでいるような。
……何を焦っている。
執務室から出ていかねぇミケとハンジにうんざりしていたところだ。食堂に行くだけだ。
……ついでにラドクリフとマヤの顔でも見てやるか。
それだけだから。
食堂に行く “ついで“ だから。
急いでなんかいない。
だからほら、階段だって一段一段踏みしめるように、ゆっくりと下りている。
一階に来た。幹部棟の出口はすぐそこだ。
出て左に行けば食堂のある一般棟、正面に進めば正門… そして手前にラドクリフが暇さえあれば手入れをしている花壇。
花壇の方へ歩く、人影が見えている。
……ラドクリフのでけぇ図体は遠くからでも目立つな。
小さなマヤは、やつの陰にでもなっているのだろうか。
「よぉ、リヴァイ! めずらしいな、花を見にきてくれたのか?」
まん丸な顔が花が満開になるように明るく輝いた。
リヴァイの鋭い視線はまん丸な花ではなく、その背後にいるはずの小さくて可憐な花を捜している。
だが、どこにもいない。
………?
マヤはどこに行きやがった。