第26章 翡翠の誘惑
マヤは黙ってうつむいている。
媚薬についての追求がどうやら終わったらしいと、モブリットはほっと安堵の息をつく。
ハンジとは、なんの恥じらいもなく媚薬について論議して研究に協力して、果ては実験体になることさえ厭わない状態であるのに。どうしてだろうか、想い人のハンジではない後輩のマヤと媚薬について話をするのは妙に気恥ずかしい。
……うぶそうなマヤに、つられてしまっているのかもな。
モブリットはそんな自身が少々滑稽で、ひとりでに笑ってしまった。
「何か…、変なことを言いましたか?」
なんにも面白い話をしていないのに、くっくと笑ったモブリットを見て不思議そうにマヤは訊く。
「……ごめん、なんでもない」
モブリットは顔を引きしめて、話を再開する。
「まぁ、そういった経緯で “まともな薬以外のしろもの” の開発に取り組むようになったんだ。研究に熱が入ると当然徹夜が多くなったり、徹夜でなくても深夜まで… なんて日がつづいた。そしてさっき説明したとおり俺は分隊長の部屋で風呂に入り、ソファで寝ていた。今までは部屋に泊まっても連日ではなかったから何も意識することはなかったんだ」
「………?」
マヤはモブリットの言いたいことが理解できず首をかしげた。
「……いや、その…。それまでは俺が泊まった日は、風呂嫌いの分隊長は風呂に入らず寝たからね。風呂嫌いだからそもそも毎日入浴しないだろうけど、その数少ない入浴日を俺が泊まった日にはしないだろう? でも研究に熱が入るにつれて毎日俺が泊まるようになって一週間、十日… となってくると、さすがの風呂嫌いでも… いつかは風呂に入る夜がやってくるじゃないか…。だからその…」
話していくうちにしどろもどろのモブリットの代わりに、やっと事情を把握したマヤがずばりと言った。
「わかりました。今までは時々しか泊まらなかったからハンジさんの入浴は関係のない出来事で、モブリットさんは全く意識してこなかったけど、毎日泊まるようになったら必然的にハンジさんの入浴に居合わせることになって困っちゃったってことですよね?」
「……そう、そのとおり…」
そう恥ずかしそうに肯定したモブリットは、耳まで真っ赤に染まっていた。