第26章 翡翠の誘惑
「そう、気まぐれ。分隊長は薬師として調査兵団に入った訳ではないからね。医務室にはアウグスト先生がいる。あくまでも分隊長が実家のゾエ薬種商のおかげで身につけている薬に対するスキルを、時間と材料があるときに親しい間柄の人に使ったり、気分が乗らなければ時間と材料があっても使わなかったりと…、そういった感じだったからね。こちらとしても体調が悪いからといって必ず分隊長に何か処方してもらえるとは思っていないし。何か調合してもらえればラッキーみたいな」
「なるほど…。わかりました」
納得した様子のマヤの顔を見て、モブリットは話をつづけた。
「時間と材料とその気があったら俺たちに薬を調合してくれていた分隊長が、あるときふっと思いついたんだ。薬の調合の能力を巨人に対して活用できないかと。そしてそれがさっき話した “対巨人新薬” への熱意につながってくるという訳だ」
こくこくとうなずいているマヤ。
「でも対巨人新薬の開発には、巨人の血液の分析が必須だ。そんな簡単に手に入るものではないからね。当然、研究は進まない。そこで段々と分隊長の情熱が “まともな薬以外のしろもの” にも向かうようになったんだ。分隊長の名誉のためにも言っておくが、決して巨人に対する情熱が疎かになった訳ではないんだ」
「もちろん、わかってます。ハンジさんがいつでも、巨人のことを一番に考えているってこと…」
「そうだね、巨人のことを一番に考えているんだ。それが人類をやつらから解放する未来につながるからね」
モブリットはハンジの眼鏡の奥で光っている瞳の色を思い浮かべて、あらためて尊敬の想いを深めた。
「“まともな薬以外のしろもの” を開発することには、ふたつ意味があるんだ。ひとつはまともな薬以外を研究開発することによって、製薬のスキルを磨くこと。それが対巨人新薬の開発に必ずプラスになる。そしてもうひとつは、貴族や裕福な商人あたりに需要がある薬を開発できれば、調査兵団の資金源になる」