第26章 翡翠の誘惑
マヤにはハンジが “自由自在だからね!” と笑った顔が、やすやすと脳裏に浮かんだ。
「そうか…、そうですよね! どんな形であっても消えずに手の中にあるならば、そこからいくらでも工夫して調べることはできる。それにきっと… 私には難しいことはわからないけれど、月見草のオイルがお薬の調合に使うものなら、混ざっても悪影響は少ないのかもしれないし」
「そのとおりなんだ。分隊長も “蒸発を防ぐ何か… を考えていたときに、候補は幾つかあったんだ。もっとも影響を及ぼさないと思われる月見草に決めた” と言っていたよ」
月見草油を語っていたときのハンジの瞳のきらきらとした輝きを思い出して、モブリットの声も弾んだ。
「そうですか。じゃあ巨人の生き血も入手できたし、対巨人新薬の研究は進んでいるんですね?」
自分の知らないところで “対巨人新薬” なる人類の存亡に大きくかかわる研究開発がおこなわれているのかと考えるだけで、マヤのわくわくする気持ちはふくれ上がった。
「いや…」
弾んでいたモブリットの声が沈む。
「分隊長は意気揚々と、月見草のオイルと混ぜた生き血の入った採血管を掲げて叫んだ。“これで一歩進める!” と。俺もそう思った。空に向かって差し出すように掲げたガラスの採血管が日光を受けてキラリと光ったのが、まるで人類の希望の象徴に見えたよ。でも…、それまでその存在を忘れるほど大人しく荷馬車に積まれていた巨人が、急に暴れ始めたんだ。採血管が陽に反射して巨人の顔を照らした直後だったと思う。いともたやすくロープを引きちぎると荷馬車を踏みつぶした。そうなると捕獲網をもう一度使う猶予なんか全くない。俺はうなじを削ぐしかなかった」
そこまで一気に話すとモブリットは、絶望した当時の気持ちのまま馬房の高い天井を見上げながらつづけた。
「巨人は倒せたけど…、採血管も割れてしまったんだ…」