第26章 翡翠の誘惑
……ハンジさんは一体何をポケットから取り出したのかしら?
マヤは全然想像もつかなくて、モブリットの次の言葉を息を詰めて待った。
「小瓶に入っていたのは薄い黄色の液体だった。それを一滴、素早く採血管に滴下して巨人の生き血と攪拌した。するとだ…」
モブリットはマヤの目をまっすぐに見つめ返して、意味ありげにゆっくりと発音した。
「蒸発で消失しかけていた血が、その液体と混ざることによって採血管に残ったんだ」
「………!」
マヤは驚きで目を見開く。その表情に満足そうにうなずくモブリット。
「……ハンジさんは巨人の血に何を混ぜたの…?」
「分隊長がポケットに忍ばせていた小瓶の中身は、月見草のオイルだったんだ。分隊長は血液の消失に備えて、何が有効かを考えたときに、生薬の調合で使用する月見草油を試しに混ぜてみることを思いついたそうだ。そして実際に巨人を捕獲して採血、みるみるうちに蒸発し始めた血に月見草油を滴下して見事、消失を防いだんだ」
「月見草のオイルですか…」
マヤは消えてしまう血液に油を混ぜて蒸発を防ごうとするなんて、いかにもハンジ分隊長らしい思考だと感じた。
「でも…、巨人の血液を分析したいのに、異物を混合してしまっても大丈夫なのでしょうか…?」
「それは俺も思って伝えたよ。すると “モブリット、確かに血液の研究には100%ピュアな血が望ましいに決まってる。だが我々が究めたいこの血は蒸発してしまうという厄介な性質を持っているんだ。消失してしまえば研究することがどうしたってできない。ならば多少異物の混合によって性質が変化しようとも、全くゼロよりはマシだと考える。ヒトの血と月見草油を混ぜたものを用意して、比較したっていいんだ。どんな方法でも消失して何も手元にないものは研究することができないが、手元に存在さえすれば自由自在だからね!” と分隊長は笑っていたよ」