第26章 翡翠の誘惑
「やっと団長の許可が下りて壁外調査にのぞんだんだけど、奇行種がやたら多い日で…」
のろのろと話すモブリットの声に苦しさが宿る。
恐らくその奇行種たちによって失われた仲間の悲痛な叫び、最期の表情、散った命が生々しくよみがえったに違いない。
「一度下りた巨人捕獲の許可が取り消されたんだ。想定外の被害の甚大さに、生け捕りをしている余裕なんかないとね。最初は抗議していた分隊長も渋々承知したんだ。でも、そいつは現れた。3m級だ。もやしのようにひょろひょろしていて、ミケさんくらいなら素手で戦っても組み伏せるんじゃないかと思われた。だから分隊長は取り消された捕獲許可のことなんか頭からすっ飛んでしまって、即刻捕らえていたんだ」
いとも簡単に捕らえたと語ったモブリットに、つい疑問を投げかけてしまう。
「簡単そう… ですね? 3m級でもうなじを削ぐのと生きたまま捕らえるのでは、難易度が違う気がするけど…」
「そうだね。今から思えばその3m級はある意味奇行種だったんだろうな。俺たちの前にふらっと現れて、襲ってくる訳でもなくただぼうっと立って空を見上げていたよ。だから電光石火、分隊長が “モブリット! 生け捕るよ!” と叫ぶやいなや、両足を切断して転んだときにはもうロープでぐるぐる巻きにする勢いで捕まえたんだ」
「……なるほど。奇行種といえば激しくて突発的な予想外の動きをするイメージだけど、そういう奇行種とは逆のタイプもいるんですよね…。私はまだ見たことがないですけど」
「うん。数は多くないけどいるね、ぼうっとただじっとしているだけの巨人」
「よくいる激しいタイプが “動の奇行種”、ぼうっと立っているタイプが “静の奇行種” といったところですね」
「あはは、うまいこと言うな」
モブリットは、ぱちぱちと手を叩いた。
すると。
ヒヒン!?
それまでモブリットとマヤの声を子守唄に、うつらうつらと眠っていたアルテミスが、拍手の音にぴんと耳を立てて目を開けた。
「あら、アルテミス… 起きちゃった?」
ブルブル、ブルブルブル!
「手を叩いた音に少し驚いちゃったみたいですね」