第26章 翡翠の誘惑
巨人に致命傷を与える毒物。巨人の体のどこに命中しても効果を発揮する矢。
その毒矢があれば、一般人でも身を守ることが可能になってくる。
そして調査兵も幾たび壁外調査に出たとしても、生き長らえるであろう。
そんな夢のような対巨人新薬にマヤは胸が躍った。
「そうだな、本当にすごいよ… 分隊長の考えることは。だから俺も身を粉にしてでも研究に協力したいと思うんだ」
モブリットの声に心からの尊敬がこもる。その想いがよく理解できるから、マヤも力強くうなずいた。
「そうですね。ハンジさんは調査兵団になくてはならない存在です…。それでその対巨人新薬の開発は一体どこまで…?」
見たことも聞いたことも考えたこともない未知の対巨人新薬。
その内容を知れば、一刻も早く研究開発して実用化してほしいしろものだった。
マヤは、どこまで研究が進んでいるのか気になって、わくわくした心を声に乗せて訊く。
「それなんだが…」
ハンジへの尊敬、いやもはや畏敬といっていい大きな気持ちがたかぶって興奮していた声が、急速にしぼむ風船のように勢いをなくした。
「巨人の捕獲はまだ一度しか成功していないんだ」
「え? 捕獲したことあるんですか?」
マヤが驚くのも当然だった。
ハンジ分隊長が人類の未来のために、巨人の究明に命をかけていることは知っている。その最たる直接的な行動が、壁外調査における巨人の生け捕り作戦であることも。
そして何より、つい先だっての壁外調査では自ら捕獲作戦に参加もしたのだ。
そんな思いきり巨人生け捕りにかかわっているのに、捕獲に成功したことがあるとは初耳だ。
捕獲に執念を燃やしてはいるが、まだ成功していない。だが巨人の生き血以外のアプローチで研究が進んでいるのではないかとマヤは考えたのだ。
「あると言えるものでもないんだけど…」
モブリットはのろのろと話し始めた。
「まだマヤが入団する前の話だ。そのときも分隊長は巨人を生け捕りにするんだと団長に何度も何度も直談判してね…」
エルヴィン団長に熱く持論を展開するハンジ分隊長の姿を、マヤは容易に思い描くことができた。