第26章 翡翠の誘惑
「まさか、そんな!」
もともと大きな目をさらに真ん丸にして驚くマヤを見て、モブリットは笑った。
「マヤ、目がこぼれ落ちそうになってる!」
「だってそんなすごいいびきの人、聞いたことないから…!」
「大地を揺るがす… とはまさにメインリットのいびきのことだからな。まぁ、あのいびきから解放されただけでも分隊長の部屋で寝起きするのは利点がある」
「それは… 良かったですね…?」
良かったと言うのが正解なのかよくわからないが、そう返した。
……メインリットさんも思いきりいびきをかいて眠ることができるから、四人部屋を一人で使う淋しさはあるだろうけど、きっと良いことなのだわ。モブリットさんが全く部屋に帰らない訳ではないのだし。
「あぁ、良かったよ。夜中に大浴場に行かなくて済むし、メインリットのいびきに悩まされなくなるからね。そんなメリットだらけの分隊長の部屋での入浴と就寝だったんだけど…」
調子よく話していたモブリットの口調が途端に鈍くなる。
「分隊長は風呂嫌いなんだ…」
「あっ、知ってます! このあいだ大浴場で一緒になったんですけど、ハンジさん、一週間もお風呂に入ってないって…」
ナナバとニファが文句をぶーぶー言いながら、ハンジを泡だらけにして洗っていたことをマヤは思い出す。
「あはは、そうそう。一週間とかざらだからね。マヤが会ったのだって、多分俺が無理やり送り出したんじゃないかな」
「あぁ… 確かモブリットさんに頼まれて洗ってるとナナバさんとニファさんが言ってました」
「……そうだろ? 俺たちが寄ってたかって入れようとしないと、頑として風呂は拒否するからね… 分隊長は」
全く仕方がない人だと、その表情から滲み出ていて。そして情愛も色濃く、とても深く。