第26章 翡翠の誘惑
「あの、モブリットさん?」
「うん?」
「そんな夜中の2時とか3時にお部屋に出入りしたら、同室の方が文句を言わなかったんですか?」
少し気になったので質問してみる。
ハンジ分隊長に振りまわされて、夜中に大浴場を往復するモブリットのことは気の毒だが、その被害は同室の兵士にも及ぶのではないかと。
誰だって睡眠を阻害されるのは嬉しくない。
「部屋は俺とメインリットの二人で使ってるんだが、あいつは一度眠ってしまえば朝になるまで絶対起きないからな…。そこんところは大丈夫なんだ」
「そうなんですか」
相対的に女性兵士より数の多い男性兵士は必然的に四人部屋だ。二人部屋である女性兵士の部屋より1.5倍ほど広くて、二段ベッドが二台設置されている。
新兵のときは四人満員状態で部屋をあてがわれるが、壁外調査のたびに人数が減っていくと四人部屋を三人で、二人で、一人で… 使うことになる。
ただ部屋の数には限りがあるので定期的に部屋替えをおこない、無駄が出ないようにしている。
「俺とメインリットの二人になってから長いし、今は俺が結構部屋を空けてるから、あいつ一人の部屋みたいになってるんだよな…。そろそろ部屋替えの対象になると思うんだけど」
「……ですよね。二人か一人になっている部屋は部屋替えになるってオルオが言っていました」
オルオは調査兵二年目にして四人部屋でひとりぼっちになってしまい、部屋替えを経験しているのだ。
「それなのに、モブリットさんのお部屋はなんで?」
マヤはあごに手を当てて首をかしげる。
「だよな、なんでだろう? メインリットのいびきがうるさいからかな?」
おどけた調子のモブリットの言葉に、ぷっと吹き出した。
「そんなの関係あるんですか?」
「あはは、ないだろうね。でももう聞かせてあげたいよ、本当にメインリットのいびきときたら、巨人級なんだ。あいつのいびきの振動で二段ベッドの上段で寝ているやつが落っこちるんだから!」